百七十九話目 明日の話
ラルフとしばらく会話を交わしてから訓練を再開したハルカは、そのまま夕暮れまでそれを続けた。練習においてであればほぼ確実に手加減ができるようになってきたので、途中からは次の段階として、より細かな調整をする訓練を始めた。
一般人であれば当たればどんな怪我になるか、という想定での調整だ。これが思ったより繊細な力加減が必要になり、ハルカは今の自分の腕力にぞっとしていた。乱暴ですぐに手が出るような性格をしていなかったことに感謝である。
「先ほどの男性はハルカさんに恋をしているようでしたねぇ」
「……いやぁ」
ノクトが帰り道で発した言葉に、否定の言葉を述べようとして、ハルカはそれをやめた。それに対してどう思っていようと、他人の気持ちまで否定する権利はない。はっきりとしない返答と、その複雑そうな表情を見て、ノクトはそれ以上にからかうのをやめた。
楽しく会話したいだけで、かわいい弟子をいじめる気はなかった。ノクトはハルカの事情を全て知っているわけではないが、その力の他にもいろいろと悩み事があるのは察していた。こうしてつついて、触れないでほしい部分を探るのもノクトなりのコミュニケーションだ。
「あなたは美人ですから、そういう人もいるでしょう」
しつこいことを言わずに、ノクトはハルカの一歩先を歩く。
モンタナが横でハルカの顔を見上げている。モンタナはハルカの感情が大きくぶれたときに、よくこうしてハルカの顔を覗き込む。察しがいいのだろうけれど、ハルカはそっと気遣う様子を見せるモンタナに、いつも感謝をしていた。誰かに思われるというのは、自身を肯定されている気がして、こそばゆい嬉しさがあった。
目が合い大丈夫そうだと思ったのか、モンタナが耳を一度ぴっと動かして前を向く。頭にやさしく手をのせてぽんぽんと撫でると、尻尾が動いてハルカの足を一度だけ、ふわっと叩いた。
夕食の頃にはアルベルトとコリンが帰ってきた。
「パパが珍しく家にいてさー、ハルカとモン君によろしくってさー」
お土産なのか丁寧に包まれた箱を渡される。
「開けてもいいんですか?」
「お菓子だってさ。ハルカが食べるの好きだって話したら、帰りに持たされた」
「すいません、お礼をしたほうがいいですね」
「いいよ別に。やりはじめるとキリがないし」
適当に手を振って、コリンが身体を投げ出すように椅子に座る。実家に戻ったはずなのに、やけに疲れた顔をしているのが不思議だった。たいしてアルベルトはすっきりとした顔でご機嫌だ。
「もー、旅の間に何があったかとか、しつこくてしつこくて。アルはさっさとドレッドさんと訓練しにいっちゃうしさー。あ、ドレッドさんってアルのお父さんね」
「いやぁ、俺本気で勝負したら、親父といい勝負出来てさ。成長してるなぁって!」
「それでその顔ですか」
ハルカは口元を抑えて目を伏せ笑う。コリンが家族に大切にされてる様子や、アルベルト親子の雰囲気が伝わってきて面白かった。
話を聞いても面白かったが、今は先に伝えなければいけないことがある。
「さて、実は今日コーディさんから竜便が届きました。割と急ぎで相談事があるそうです。師匠の手前で話すことではないのかもしれませんが、パーティ宛でしたので皆さんに共有します」
「別に僕はのんびりでいいですよぉ。寄り道をしたいのならご自由に。期限の決まった旅ではないですからねぇ」
「お気遣いいただきありがとうございます」
ありがたい申し出だが、その分ノクトの
ノクトの許可も貰ったところで、ハルカは各自の意見を聞く。
「わざわざ呼んでくれてんだから行けばいいんじゃね?あ、でも明日こそギルド行って昇級審査の結果聞くからな!」
「わざわざ竜便くれたんなら、私も行ったほうがいいと思う。件の用件でしょ?」
「依頼は嫌じゃなきゃ受けるですよ。心配ですし」
「そうですか、わかりました。ノクトさん、一度ヴィスタに寄ってから北上する形でもいいでしょうか?詳細はお話しできないのですが、あちらについたら依頼者と相談して、内容についてもお伝えできるか確認します」
「うーん……、本当に気にしないでもいいですよぉ。一度故郷に顔を出しておこうかなぁ、ってだけですからねぇ」
寿命が長くなると気も長くなるのだろうか。ハルカは自分の寿命のことを考えながら、ノクトの返事を聞いていた。エルフ族は五百年以上生きるというから、そのうちノクトの気持ちもわかるかもしれない。仮にも王族の縁戚なのだから故郷の臣民は心配しているのではないかとも思ったが、本人が気にしないでいいと言っているので、それに甘えさせてもらうことにした。
「では……、あわただしいですが、明日には皆さんに頼んで代わりに旅の物資を買ってもらい、明後日の夜明け前には出発しましょう。これで追手も躱せればいいんですが」
「じゃ、決まりだな!とにかく明日はギルドで確認だ、確認!」
アルベルトにとって、今はそれが一番の大事なのだろう。ワクワクした気持ちを隠さないその態度は、いかにも冒険者の少年で、見ていて気持ちがいい。
「あとチーム登録もするですよ」
「あ、そうだった。帰ってきたのに毎日忙しいねー」
嬉しい悲鳴と言うやつだ。忙しいと言いながらも皆が楽しそうに明日からのことを話すのが、ハルカはとても嬉しかった。
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