百七十七話目 竜便
それぞれの話がひと段落したところで、酔っ払って顔を赤らめているトットが思い出したようにその場にいるみんなへ話しかけた。
「そういえばよ、門とのころに見たことない兵士がたまってたけど、ありゃぁなんだろうな」
人数が多いせいで、トットが戻ってくるときにまだ門のところで足止めされていたらしい。武装をしている他国の兵士だから、止められるのも当然のことだろう。
望まぬ追跡者たちだったから、かわいそうだとも思わない。
その話題が出たときに、ハルカ達が一斉にノクトを見る。
ノクトはお酒をちびちびと舐めながら、皆がしゃべるのを黙ってみていたが、視線を向けられるとコップを置いた。
「あれはですねぇ……、僕のストーカーみたいなものです。そういうのから守ってもらうのが、今彼らにお願いしているいる僕からの依頼ですねぇ」
「おいおい、大丈夫かよ。ここらで一発叩いといたほうがいいんじゃねぇか?」
「そういう訳にもなかなかいかないんですよ。身分がありますし、今のところ乱暴を働いてくるわけでもないので」
トットが顔を顰めて言うのをハルカが止める。
とはいえ人が少なくなったところでは何をしてくるかわからない。文官とのお話が終わった後は、交渉もしてこなくなった。兵士たち、主に隊長格の男の視線が剣呑なものになってきているのが分かる。
街中にいる間はともかく、その先は不安を感じていた。
何が面倒だって、相手が貴族の私兵であるところだ。これからディセント王国に行こうという時に、わざわざトラブルを抱え込みたくない。
「こっそり街を出ちゃえばいいんじゃない?手伝うわよ」
「あ、そっか。わざわざ行先知らせる必要もないし、ばれないようにすればいいのか」
エリの提案にコリンが手を叩く。
正直に真正面から対応を考える必要なんかない。面倒なことからは逃げてしまえばいいのだ。
それはとても冒険者らしい対処の仕方に思えて、ハルカは一人で感心していた。
その日の夜の最後は、どうやってついてきている兵士たちにばれないように出発するかの話し合いをして過ぎていくこととなった。
翌日、アルベルトとコリンは、一度親に会いに行くということで、別行動をすることになった。
最初は二人ともノクトからの依頼中ということで、会いに行くつもりはなかったようだった。しかし、これからまた長い旅になりそうなので、折角だから会って来てはどうかとハルカが提案した。
ノクトにはあらかじめその話をしており、彼もまたそうするべきだと言ってくれていたので、依頼については問題ない。今日は一日冒険者ギルドで訓練しながら過ごす予定だった。
左右に二人を連れて歩いていたのだが、どちらもハルカより背が低く幼く見えるものだから、事情を知らない人から見ると不思議な光景だ。三人そろって積極的に会話を繰り広げる方でもないので、忙しそうに働く人々を眺めながらのんびりとした移動になる。
路地裏から顔をのぞかせる子供達や、ガラの悪い若者たちもハルカには絡んでこない。その辺りの界隈にはすでにダークエルフの女に手を出すな、という話がまわっていた。この街で暮らした半年ほどの間に、面倒ごとに絡まれるたびにウォーターボールで対応していたおかげで、ただの鴨ではなく、一人の実力ある冒険者としてきちんと認識されていた。
何事もなくギルドの扉をくぐり、そのまま訓練場へ向かおうとすると、受付にいたドロテに呼び止められる。別にお気に入りの二人がハルカと一緒にいたから呼び止めたのではなく、きちんと用事があった。
「ハルカさん、ヴィスタのコーディさんから竜便で手紙が来ています」
竜便と言うのは、空を飛べる小型の飛竜による郵便だ。臆病な性格をしているため戦闘には向かないが、賢く荷を多く運べる竜は、この世界の連絡網として重宝されている。その乗り手の少なさと竜の希少さ故、非常に値段が高い。一般的に急ぎで大事な件を伝えるのに利用されていた。
竜便で送られてきた手紙なら、その場で開封して読んでしまうのが無難だ。
「すいません、ちょっと」
「いいですよぉ、僕は急ぎの用事があるわけでないですからねぇ」
そのまま訓練場へ向かい、モンタナとノクトが端に座りぽつぽつと会話している間に、ハルカは手紙を広げて読む。
書き出しには、この間のナーイルの報告への礼が書かれており、そのあと簡潔に、ユーリの今後についての相談がしたいので、もう一度ヴィスタへ来てほしいと書かれていた。
ハルカ達が到着してすぐに届いた手紙は、他の依頼を受ける前にというコーディの気遣いだったのかもしれないが、ありがたいことに既にノクトからの依頼を受けてしまっている。
同時に依頼を受けることは問題ないが、ノクトからすれば、これからヴィスタへ行くと遠回りになり余計な寄り道をすることになる。それにもしこの依頼を受けることになるのなら、ノクトにも事情を説明する必要が出てくる。
どうしたものかと考え込みながらも、一度手紙をしまい込んで二人の下へ戻る。
遠くから見ると、二人の顔立ちやサイズはよく似ている。髪色と獣人としての特徴が異なっているのでそんなことを思ったことはなかったが、並んでいると兄弟のようにも見えた。
可愛らしいツーショットに心が和む。
ノクトは猫じゃらしのような雑草を片手にゆすって、モンタナはいつもの通り石を削っている。二人とも目を合わせているわけではないが、言葉がたまに行き交っているのが分かった。
どんな話をしているのか気になったが、ハルカが近くによると二人とも話すのをやめてハルカを見上げてしまった。
少し残念な気もしたが、夜に皆が集まったときに、改めて手紙についてノクトに相談があることを伝えて、今日の訓練を始めることにした。
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