百五十一話目 師匠はお茶目
「なんというか、ハルカさんは僕のことを師匠と呼んでくれますが、教えがいがないですねぇ」
丸椅子に座ったノクトが、たったままのハルカを見上げた。そのまま棚に置いてあったバッグをあさり、やすりのようなものを取り出す。
「何も分からずに大きな力を使うより、仕組みを理解しているほうが安心感があります。それに、確かに以前治癒魔法を使った時よりすんなりと魔法が出た気がしました。これが術者にかかる負担の違いだというなら、その違いも分かっておきたいです。だからそんなことを言わずに引き続きよろしくお願いします」
返事をしながら、獣人は皆ヤスリを持ち歩いているのだろうかと、ハルカが疑問に思っていると、ノクトはそのまま自分の巻き角をそれでこすり始めた。目を細めているところを見ると、気持ちいいのだろう。ふわふわの髪の毛も相まって、やっぱりこの人は羊の獣人なんじゃないかと疑いたくなる光景だ。
「結局キャパシティが大きいからぁ……、無理な魔法の使い方をしても問題なさそうですよねぇ……。だったら効率よりもぉ、いかに大きな効果をもたらすかを考えたほうがぁ、いいのかもしれませんねぇ、ふぅ」
いつもよりさらに間延びした口調で話すノクトは、膝の上にやすりを置いて、指で角の先を撫でている。
削り具合が気に入らないのか、先端を爪でカリカリとひっかきながら、絶対に見えない位置にある角の先端の方へ視線を向けている。
首をかしげながら、どうにかしてそこを視界に収めようとする仕草は、動物的でかわいらしい。
「ハルカさんはぁ……、真面目で勤勉ですよねぇ。偉いので頭をなでなでしてあげましょうか?」
「いえ、それは遠慮しておきます」
「そうですかぁ」
いくら年上と言ってもこの可愛らしい見た目をした師匠に頭を撫でられるのは、なんだか恥ずかしい気がした。なにせよく考えてみれば百歳を越えたお爺さんが、四十を越えたおじさんの頭を撫でてることになる。
褒めて撫でられるのはそんなに嫌ではなかったが、この年になってそれを嫌ではないと思ってしまったことも恥ずかしかった。最近ますます見た目に引きずられて行っている。それどころか見た目よりもさらに子供のような思考が増えているような気がするのだ。
気を付けなければ、万が一元の姿に戻ったとき死ぬ程恥をかきそうだ。
とんとんと自分のこめかみを指先で叩きながら、自分がおじさんであることを自身に言い聞かせ、もう一つの椅子に腰を下ろした。
ノクトは教えがいがないというが、ハルカはノクトから与えられる知識に、おそらく彼が思っている以上に感謝をしていた。
この世界にきた原因がさっぱりわかっていなかったのに、ほんの少し話をしただけで、そのヒントを得ることができた。
彼の生き方は尊敬するべきものだし、魔法に関する知識も豊富だ。生き字引というのはこういう人物のことを言うのだと思っている。
この世界には元の世界より、本の流通が少ない。
当然便利なグーグル検索だって存在しない。
こんな風に、何も見返りを求めず親切にしてくれるのだ。師匠と呼んで敬わずにどうしろというのだ。
師匠という少年漫画的な存在に憧れていた側面もあったが、せめて弟子として上手く自分のことを使ってくれれば、恩返しも出来ようものではないかと思う。
幸い、というべきかはわからないが、よく攫われることがあるようなので、何かあったら助けに行くくらいはさせてもらうつもりだ。そのためにも自分の能力をもっと理解しておくのは大切なことだろう。
指の先で角の先を優しくなでているノクトを見て、思いついたハルカは声をかけてみる。
「よければ、角を削るの手伝いましょうか?」
ノクトは角を撫でるのをやめて、目をまん丸くしてハルカを見返してから、ふっと目をそらした。ほんのり頬が赤くなっている。
「ハルカさん、その提案はえっちなのでだめですよぉ」
「す、すいませんでした!そういうつもりじゃないんです!」
可愛らしい少年か、あるいは少女のようにも見えるノクトが恥ずかしそうにそう言ってくる姿は、ハルカの頭に精神的な大ダメージを与えた。
違う、そんなつもりではなかったのだ。ただ気持ちよさそうにしていたから手伝ってあげようと思っただけなのだ。そんな変態的行為に当たるとは露ほども思わずとんでもない提案をしてしまったのだと、ハルカは顔を青くして立ち上がった。
土下座も辞さない勢いで頭を下げると、ノクトがぷふっと噴き出して笑った。
「冗談ですよぉ。獣人について詳しくないのに提案してきたから、言ってみただけです。そのうち同じような失敗をしそうですからねぇ。こすってくれますか、僕の角」
いたずらが成功したのが嬉しいのか、ハルカが硬直した後も、ふへふへ、と変な笑い声をあげながらノクトが角を差し出してくる。
「ほ、ホントに大丈夫ですか?触った後にエッチとかいいませんか?」
「言いませんよぉ、ほら、座ってますから後ろからやってください」
「ホントにホントですよね?」
「しつこいですねぇ、ホントですってばぁ。ここの角の先っちょが、少し引っかかるんです」
ノクトからやすりを受け取ったハルカは、彼の後ろに回り込み、恐る恐る角を一度指先で撫でてみた。ノクトの顔は見えないが、特に何を言うわけでもなくそれを受け入れている。
尻尾はくるんと前側に丸まり、ハルカの邪魔をしないようにしていた。
「でもぉ、撫でるようにやさしくですからねぇ。ハルカさんが障壁を叩いた時みたいに力を入れたら、僕の角折れちゃいますからぁ。折れたら流石に泣いちゃいますからねぇ」
そういえば自分の力について忘れていた。
もしかしてとんでもない提案をしてしまったのではないかと、ハルカは角を見つめながら、全身を緊張させた。
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