百五十話目 人探し

「詠唱はしない方で慣れましょう。包帯外しますねぇ」


 ノクトはハルカにアドバイスをしながら、血で湿った包帯をくるくると器用に外していく。

 肩口を深くえぐった傷からは、まだ血があふれ出している。おそらく腕を上げるために使う腱がきれているから腕が上がらないのだろうとハルカは予測した。元の世界でもう少し運動をしていたりすれば詳しくわかったのかもしれないが、怪我の具合はなんとなくでしかわからなかった。

 それでも治癒魔法を使えば治すことはできる。実際に、混乱しながら放った治癒魔法でも、オクタイを完治させた実績があるのだから、難しいことではないはずだ。


「この傷なら戻すイメージがいいと思います。患部に手を触れる必要はありません。ただし距離が離れるほど負担は大きくなりますからねぇ」

「いきます」


 ハルカは宣言をして魔法を使う。評価をしてくれる人が隣で見ているとなると、うまくやらなければならない気がして緊張するものだ。

 傷口が小さな光に包まれて、それが消えた頃には出血が止まっていた。傷口周りについた血のせいで、患部がよく見えない。

 ノクトが清潔な布を濡らして患部を綺麗にふき取った。乾いた血が少し肌に残ったが、見てわかるほどの傷は一つも存在しない。治癒魔法が無事成功したということだろう。


「上出来ですねぇ。ゆっくり腕を動かしてみてください」

「わかった」


 ナーイルが神妙な面持ちで腕をゆっくり上げて、それからぐるりと回す。数度確認するように動作を繰り返した後、怪我をしていたほうの手で剣を持って軽く素振りをする。

 動きに違和感がなかったのか、ナーイルはニコリと人好きのする笑顔を浮かべて、頭を下げた。


「ありがとう、すっかり治ったようだ」

「いいえ、問題ないようでよかったです」

「いや、最初に君の実力を疑ったことを謝罪するよ。こんな見事に治せる治癒魔法使いは、軍の中でもそう見ない。よかったらうちで働かないかい?いいお給料を出すよ」


 最後の方は冗談を言うような口調であったが、向けられた視線には本気の色が見えた。

 ハルカにもなんとなくそれは伝わってくる。


「お誘いありがとうございます。でも、私は冒険者ですので」

「残念!じゃあそっちのちっちゃい師匠の方は?」

「僕も冒険者なのでぇ」

「軍属も安定してていいと思うんだけどなぁ……」

「人から命令されるのが嫌いなんですよねぇ」


 穏やかな表情のままきっぱりと言い切ったノクトに、ナーイルは肩を竦めた。


「たまに俺もそう思うけどね。しつこくは誘わないけど、帝国に来た時は声をかけてくれれば歓迎するよ」

「しばらくは行きませんねぇ……。代替わりしたばかりで国勢が落ち着かないでしょう?」

「詳しいね。でも新しい皇帝陛下は優秀だよ。もうすっかり落ち着いているはずさ。公国とも仲良くやっていくつもりみたいだしね。だからこそ俺もこの武闘祭に参加できたってものなんだけど」

「軍人さんがあんまり色々話すと怒られちゃいますよぉ」

「公表してる情報しか話していないさ。それにしても、強かったなぁ、エレオノーラ嬢。まさかこんなに深い傷を負うと思わなかったよ」

「負けたんですかぁ?」

「勝ったさ。でも辛勝ってところだね。そちらの美女に情けないところを見られなくてよかったよ」


 話の流れでついでにハルカに粉をかけてくるのは、流石の色男ぶりだ。爽やかな言い回しには不快感も覚えない。ハルカは苦笑して返事をする。


「仲間が見ていたはずですので、あとで詳細を聞いておきます」

「余計なことを言ってしまったかな。じゃ、そろそろ俺は退散するよ」


 ナーイルは振り返ってドアを開けてから、もう一度振り返る。


「そうそう、一応聞いておこうかな。冒険者って結構いろんなところに行くよね?」

「ええ、まぁ、そうですね」

「そのー、旅をしている途中にさ、黒髪黒目の赤ん坊とか見かけたことないかな?母国で知人がそんな珍しい見た目の子供を攫われてしまってさ。あまりの憔悴ぶりに何かしてあげたいと思ってさ……」


 ハルカは体を緊張させるが、できるだけ平静を装って、考えるふりをしながら視線を天井に向けた。右手で尖った自分の耳をなぞり、首をかしげる。


「……見たことありませんね。昨日黒髪の青年となら話をしましたけど」

「ああ、それは武闘祭の出場者の人だろ?珍しいよなぁ。見たことないならいいんだ!でももしそんな子を見かけたら教えてほしいな。生後半年くらいのはずなんだけどさ……」

「わかりました、もし旅の途中で見かけることがあったらお知らせしますね」

「ありがとう、助かるよ。教えてくれたらちゃんと報酬は払うから。それじゃあね!」


 扉が閉じられて徐々に遠ざかっていく足音を聞きながらハルカは考える。

 もし本当に攫われた子供だったとしたら、彼にユーリのことを知らせてあげたほうがいいかもしれない。

 でも、教えないほうがよさそうだと思ってしまった。

 攫った子供を、わざわざクローゼットに隠して逃げていくだろうか。

 攫われただけの子供がいる場所が、組織的に襲撃されることなどあるだろうか。それも関係のない住民まで皆殺しにしてだ。


「ノクトさんは、黒髪黒目の人を見たことがありますか?」

「むかーしに見たことありますよぉ。冒険者をしていて、探し物があったらしく、よく遺跡に潜っていましたが、ここ数十年は話を聞きませんねぇ」

「つまり、かなり珍しいということですね?」

「えぇ、そうでしょうねぇ」


 タイミングを見て、コーディともう一度話す必要を感じた。

 包帯を片付けて手を濯いでいるノクトを見ながら、ハルカは今回何も話さなかったことが、悪い方向に転がらないことを祈った。







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