百四十八話目 治療室で一服

「というわけで、昨晩は吸血鬼に会ったんですよ。初めて破壊者ルインズに会いました」

「吸血鬼ですかぁ、珍しいですねぇ」


 パリッと乾きものをかじる音と、ずずずっと暖かい飲み物をすする音が部屋に響く。

 小さな丸テーブルと椅子が二つ、それからベッドが二つ、床には人型のへこみのある部屋は、コロシアムの観客席の下にあるノクトの治癒室だ。


「吸血鬼はねぇ、力が強いし、空は飛ぶし、怪我してもすぐ治りますから強いですよねぇ」

「突然蝙蝠になったりするのには面を喰らいました」

「あれはねぇ、実はその強さによって変化形態が違うんですよ。蝙蝠になれると一人前、霞に変化できると強者です。自分の形がまったくなくなってからでも元に戻れるくらいに自己の存在が世界に確立しているということなのでしょうねぇ」

「はぁ、霞ですか。そんなことをされたら攻撃も効かなさそうですね」

「対策は銀の武器を使うか、魔法の武器を使うか、光魔法を使うのが一般的ですねぇ。それにも手順とかが必要で面倒なんですが……。確かアンデッドや吸血鬼やその眷属に異様に強い魔法使いの知り合いがいましたよ。名前はぁ……、えぇと……」


 ずずっとまた飲み物を啜ってノクトが天井を見上げた。しばらく居室内に沈黙が続き、ノクトがコップをテーブルにカタンと音を立てておいた。視線をのろのろと天井から床に向けて、またそのまま三十秒はたっぷり悩みこんでから口を開く。


「たしかぁ……、そう! ホットドッグみたいなホットドッグみたいな名前だったような気がします」

「ホット=ミッド=ケットだ、呆けジジイ」


 散々考えて導き出されたノクトの答えを訂正したのは、壁に寄りかかって立っていたクダンだ。

 ハルカが部屋に来た時からそこに立っていた。椅子もお茶もお菓子も断ってよりかかっている。試合が始まったらそちらに行くからいらないそうだ。


「クダンさん、僕がおじいさんなら、あなただってお爺さんですよぉ?」

「年齢の話じゃなくて、そのとぼけた頭の話をしてんだよ」

「僕は昔からこんな感じですけれどねぇ」

「そういえばそうだな。お前案外個人に興味が薄いんだよな」

「失礼ですねぇ、関わりがある人は覚えてますよぉ」

「あの騒々しいクソ魔法使いとは、一緒にアンデッド退治に行ったことがあるだろうが」

「……そうでしたか?」

「やっぱり呆けてんじゃねぇか」


 ため息をついてクダンは目を閉じて黙り込む。ノクトが「おかしいですねぇ」と言いながらコップをテーブルの上でくるくるとまわしている。そうしているとまるで子供のように見えるのだが、会話のテンポは老人のそれなのが面白い。

 椅子の後ろから垂れている太くて長い爬虫類の尻尾が、ピタンと床を叩いた。

 最初に会った時には真後ろに隠れていたので気づかなかったが、随分と立派な尻尾だ。あれさえ見えていれば、羊の獣人と勘違いはしなかっただろう。


「銀の武器と光魔法というのは分かるのですが、他の二つはどういった物なんですか?」


 魔法の武器と物理攻撃に魔素を付与するというのは、聞いたことすらない話だ。本には載っていなかった。仲間や冒険者達からもそんな話は聞いたことがない。

 ノクトがさも当たり前のように語る言葉は、世間の当たり前とはずれている可能性もある。聞いたことのない話をしてきたので、さらっと流される前に質問をしておいた。


「魔法の武器の話からしましょうか。魔法の武器と言うのは、一流の職人が、魔素を込めて作った武器のことです。遺跡から発掘されるものもあって、その昔のはるか昔には、そんな職人がごろごろと世界中に転がっていたそうです。偶に特殊な効果を持つものもあります。例えば血を吸うほど切れ味が増す剣だとか、自在に長さを調整できる槍だとか、そんなものですねぇ。特殊な効果を持たないものでも、実態を持たないアンデッドや不死と言われる化け物に一定の効果をもたらします。他にも物品に魔素を込める職人もいますねぇ」

「今も魔法の武器を作れる職人はいるんですか?」

「いるにはいますぅ、よね?」


 クダンの方を向いてノクトは首をかしげる。

 呆れたような顔をしてクダンはノクトを見返した。


「ここに来てからその数少ない職人に会っただろうが。今回の優勝者はそいつから武器を作ってもらえることになってる」


 そういえば副賞で武器を作ってもらえる、という話をしていたのをハルカは思い出した。ということはモンタナの父がその貴重な職人の一人と言うことになるのかもしれない。


「そろそろ試合が始まるから俺は行くぞ。吸血鬼とどつき合いできるくらいに強いなら、お前がこいつの護衛をしてやってくれ」


 返事を聞かずに扉を閉じて出て行ったクダンの背を見送ってから、ノクトは笑った。


「クダンさんは相変わらず気を使う人ですねぇ」

「そんな気はしましたけど、やっぱりそうなんですか?」

「乱暴だから皆気づきませんが、あの人は結構繊細なんですよ。心が強いからそんなことは表には絶対出しませんけどねぇ。奥さんには基本的に逆らいませんしねぇ」

「え、ご結婚されてるんですか?!」

「はい、娘さんもいますねぇ」

「えぇ?!」

「そんなに驚きますかねぇ。子煩悩のいいお父さんですよぉ」

「それは……、想像つきません」

「お子さんも冒険者をしていますから、縁があればきっとどこかで会えるんじゃないかなぁ」


 クダンの私生活が気になりすぎて、物理攻撃に魔素を付与するという手段について、しばらく聞くことを忘れてしまったハルカだった。

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