百四十七話目 待機時間

 手に持っていた石をじっと見つめていたモンタナは、ギルドにつく頃にようやくそれをそっと右の袖の中にしまった。


 ギルドはそれなりに賑わっているが、会話するほどの知り合いは見当たらない。偶にアルベルトが声をかけられているが、それは武闘祭の話だ。受付に用事のないアルベルトは途中で足を止めて、他の冒険者たちと雑談をし始めた。


 アルベルトは今回の件に詳しいわけではない。冒険者同士で縁を広げるのは悪い話ではないし、コリンもハルカも止めたりしなかった。


 冒険者ギルドへの相談や報告は特に部署が分かれていない。どんな内容であっても受付に話せばそれでいい。受付の手に負えないような相談だったら、その時には上のものが顔を出すだけだ。


 受付はギルドの顔だから、美形が多い。とはいえハルカは選り好みする気はなかったので、単純に一番空いている列を選んだ。


「はい、ご用件は」


 受付は愛想の悪い、綺麗な女性だった。受付は意外と愛想の悪いものもいる。仕事が適切に処理されていけばそれでいいので、それでも問題なかった。


「昨晩吸血鬼と交戦になり、撃退しました。昨日の事件の犯人ではないかと思います」

「なるほど、お一人で?目撃者や証拠はありますか?」

「もう一人連れがいましたが、その人は吸血鬼が逃げて行ったのを追って、既にこの街を出ました」

「相手の状況や名前はわかりますか?」

「名前はわかりません。一緒にいた人が銀製の剣で片腕を切り落としています」

「わかりました。ではそのような報告があったことを書類にしておきます。他に何かありますか?」

「いいえ、以上です。よろしくお願いいたします」


 ただ淡々と繰り返される会話は周りから見ると、温度のないやり取りだったが、ハルカはちゃんと話を聞いてもらえたのでそれで満足だった。

 受付から離れたところで、コリンが唇を尖らせながらハルカの脇腹をつついた。


「あれ信じてなくない?」

「そうですか?……どちらにしても義務は果たしましたし、街にはもういないはずですからね」

「そうじゃなくて、嘘つきだと思われてると嫌じゃん」

「そういうタイプでもなさそうでしたけど」


 話を聞きながらちゃんと書類を作ってくれていたし、まさかあれをそのまま捨てることもないはずだ。淡々としているだけで、仕事はそつなくこなすタイプのように見えた。


 アルベルトと、そこに一緒に残っていたモンタナを回収しに戻ってくると、そこではモンタナが一人で石を削っていた。モンタナが削りカスにふっと息を吹きかけると、その一部がきらりと光った。


 それはそうとしてアルベルトはどこに行ったのだろうか。


「アルは?」

「なんか、手合わせするって出て行ったです」

「またぁ?」


 血の気の多いことだ。それでも敵を増やしてくるわけではないのが不思議だ。

 ハルカは喧嘩をしたら、どうして仲直りをしたらいいのかわからない。

 もしかしたら、アルベルトにとっては手合わせや、軽いどつき合いは喧嘩のうちに入らないのかもしれない。


「もうおいて行こ?」

「ケガしてたら困るので、私は待ってますよ」

「僕もここで待ってるです」

「えぇえー、じゃあ私もまつぅ」


 諦めて座り込むコリンは、不満そうだ。やることがないのか、同じく床に座ったハルカの後ろににじり寄って、髪の毛をいじりだす。

 それで退屈を紛らわせられるのならそれでいいか、とハルカは好きなようにさせていた。


 しばらくして、ハルカは思い出したことがあり二人に話しかける。


「あの、今日は私試合の観戦をしないで、ノクトさんのところで治癒魔法についていろいろと教わりたいと思っているんですが、大丈夫ですか?」

「え、特級冒険者が教えてくれるんだ。いいなぁ」


 てっきり試合を一緒に見られないことを不満に思うと思っていたのだが、羨ましがられるとは思わなかった。

 確かによく考えてみれば特級冒険者と言うのは得体のしれないやばい奴だくらいにハルカは思っていたし、世間一般からしても雲の上の人に当たるのだろう。とすれば羨ましがるのもわからないでもない。


「ノクトさんって長生きよね。獣人族って種族によって寿命が違うの?」

「人族とあまり変わらないです。僕はこの国で育ったので詳しくないですが」

「うーん、あの人魔法使いでしょ?身体強化が若さを保つ秘訣じゃないのかな?」


 ハルカの髪を編み込みながら、話していたコリンは、後ろからハルカの頬を撫でながら考える。ハルカは振り払いこそしなかったが、くすぐったくて少し首を傾げた。


「お肌つるつる―」

「くすぐったいですってば」


 尚も追いかけて撫でてくるのに首どころか体がどんどん傾いていく。顔が地面と平行になったあたりで、コリンはハルカの頭を両側から支えて元の場所へ戻した。


「髪を結ってるから動かないでくださーい」

「はぁい……」


 理不尽だと思いながらも、ハルカは素直に言うことを聞いた。散々編み込んだあげく、コリンはばさーっと一気にその髪をほどいた。さらさらとすぐにまっすぐに戻り、さっきまで編んであったとは思えないほどだ。


「いいなぁ、このサラサラでふわふわの髪。それに、なぜかいつもいい香りがするのよね。ホントに何もつけてないの?」


 コリンがスンスンと髪に埋もれるようにして匂いをかぐ。


「つけてませんよ、それやめてくださいってば。変態っぽいですよ」

「やーだ」


 言ってもいつもやめてくれないので諦めていたが、この匂いをかがれるという行為はやはりハルカは苦手だった。


 おじさんは自分の匂いが人に迷惑をかけていないか心配なのだ。

 今はいい匂いと言ってくれているが、いつか変なにおいがするとか言われたら、ハルカは立ち直れる自信がなかった。







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