百四十五話目 正体不明
気を失っていた女性は路地裏から出る前に目を覚ました。
魅了の魔法は受けていたものの、なんとなく何があったのかは覚えているらしく、ハルカ達に礼を言って広場に戻っていった。
「女性が無事でよかったですが、逃げられてしまいましたね」
ゆっくりと広場に戻りながら話しかけたハルカに、イーストンは首を振った。
「追い払えただけでもよかったよ。やっぱり犯人は吸血鬼だったね」
「吸血鬼はやっぱり銀製の武器を使わないとダメージは与えられないんですね。本で読んだ通りではありました」
「夜は特に死に辛いだけで、不死身ではないよ。そんなことよりハルカさん、君いったい何者なの?」
広場に出た頃にイーストンに尋ねられて、答えに詰まる。
ハルカは変な力を持ってはいても、この世界では一人の冒険者でしかない。まさか中身がアラフォーのおじさんですと言っても、ふざけているとしか思われないだろう。
彼が尋ねているのは戦闘力についてだろうし、それについては本当に何もわからない。
「……一応四級冒険者ではあるんですが、そういう話ではないですよね。正直なところ自分でもよくわからないです。イースさんこそ、何で吸血鬼を追っているんですか?先ほど私の腕を掴んだ時、目が赤く光ってましたよ」
ハルカがやり返すように指摘すると、イーストンも少し間をあけて、吸血鬼の消えていった空を眺めながら返事をした。
「……旅人だよ。お互いあんまり深く詮索するのはやめとこうか。良いことがなさそうだし」
「そうしましょうか」
二人とも元のベンチまで戻ってきて腰を下ろす。
広場はさっきまでと変わらず、たくさんの松明に照らされて、人々が楽しそうにいちゃついている。
「あの吸血鬼はまだ街にいるでしょうか?」
「いないと思うよ。人族の中でも吸血鬼を脅かすような冒険者は結構いるからね。いるのがばれた以上長居はしないはず」
「では安心して明日からの試合に臨めますね」
明日以降は本格的にイーストンも武闘祭で戦うことになるはずだ。とは言っても相手は今日不戦勝だった人だ。
ハルカの記憶によればその人は、ステージの端で頭を抱えて震えているうちに決勝トーナメントに進んでしまった、運がいいのか悪いのかわからない青年だったはずだ。
イーストンは顔を顰めて首を振った。
「目的は達したし、僕は次の街に行くよ。さっきあいつが逃げて行ったのが北西だったから、そっちの街にでも行ってみようかな」
「そうですか、試合は出ないんですね……」
「元々出るつもりはなかったからね。あぁ、でもハルカさんには頼みごとがあるんだ」
ハルカの方を向いたイーストンが、腰元につけたポーチから何かを漁って取り出した。暗い中でもすぐに求めているものを取り出したところを見ると、やはり暗視の能力持っているらしいことがわかる。
「依頼だと思ってほしいんだけどね。もしさっきの奴がまたこの街に戻ってくるようだったら、ハルカさんに退治してほしいんだ。さっきの戦いを見ている限り、問題なさそうだったから」
「それは構いませんが、私に吸血鬼を倒せますか?」
「さっきみたいなパンチを何度か繰り返せば、流石に倒せると思うよ。復活にだって体力を使うからね。再生を阻害することができる銀の武器を使うのが一番いいんだけどさ」
「わかりました、引き受けます。仲間と協力しても?」
「別に構わないよ。危なくなりそうだったら逃げてもいいし。じゃあこれ、依頼料。売ればある程度のお金になるはず」
紅い宝石をイーストンから受け取って、ポケットにしまう。
宝石の価値はわからないが、後でモンタナに尋ねてみればそれについてはわかるだろう。
「出会わないかもしれないのに、依頼料を貰っていいんですか?」
「本当はそんな簡単に受けてもらえるような依頼じゃないからね、吸血鬼退治なんて。さて、僕はこれ以上面倒なことになる前に街の外へ出るよ。いつかまた会った時はよろしく」
ベンチから立ち上がったイーストンは照らされた広場から、消えていく。
ミステリアスだが人のいい青年だった。
そういえば、話の通じる
冒険をするうちに、各地に縁ができていくことの楽しさをハルカは感じていた。
実は吸血鬼に攻撃するときに、かなり気後れしていたのだが、明らかにこちらに害意を持っているのが見て取れたので、身体を動かすことができた。
自分で選んで冒険者になったのだから、これ以上仲間たちの足を引っ張るわけにはいかなかった。
ただ、素手での戦闘ではまったく手加減できそうにないから、人間と戦わざるを得なくなったときは、加減の利く魔法で戦うことにしようと思う。こういうのは戦いを実際にやってみないとわからない収穫だった。
不死身と言われる吸血鬼相手に、ある程度力のいれたパンチを当てて、威力を試すことができたのは幸いだった。
一般的な認識では魔法の方が威力の高い攻撃のはずなのに、ハルカの場合はそれが逆転してしまっていた。
「おかえり~……」
考え事をしながら宿に戻ると、ベッドに入ったコリンが眠たそうな声で出迎えてくれる。きっと今日あったことを話したら、彼女にまたからかわれるのだろう。
「ただいま、眠っていていいですよ」
「わかったぁ」
温かい服を着こんだまま布団の中に潜り込んだコリンから、すぐに静かな寝息が聞こえてくる。
この世界の住人は寝つきがいい。
体をさっと拭いて、ベッドにもぐりこむ。
そう長く考え事もしないうちに、ハルカも眠りに落ちていた。
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