百十六話目 第一ブロック

「ここで武闘祭にお越しいただいたゲストをご紹介いたします。特級冒険者と言えばこの人!王をぶん殴り、真竜を怯えさせ、撥ねた賊の首は万を越えると言われるこの男!誰が呼んだか首狩狼、クダンー=トゥホークさんです!今日からしばらくの間解説をよろしくお願いいたします!実況は引き続きラッキーJでお送りいたします!」

「は?俺ここに座ってりゃいいって言われたから来たんだが」

「はい、ありがとうございます!第一ブロックの注目選手はいますか?」

「こいつ話聞いてないし、俺ここにいる必要ねえだろ。普通の観客席行くからな。おい、邪魔すんじゃねえよ、ぶっ殺すぞ」


 ここで一度客席に届く声が途切れる。特級冒険者のぶっ殺すという発言が聞こえた会場に緊張が走るが、数十秒後に元気なラッキーJの声が会場に響いて皆が胸をなでおろす。


「はい、そういうわけで実況解説共に私ラッキーJでお送りいたします!私もまだ死にたくはございません。それでは張り切って参りましょう!このブロックでの注目なのはナーイル=リムリ選手!グロッサ帝国からやってまいりました、かの国の将校です!今は休戦中ですが、ドットハルト公国とは年に何度も小競り合いが行われています!殴り込みに来たのは、自信があるからか、それとも挑発か!見てくださいこの伊達男ぶり、観客席に手を振っております。なんという太々しさ、これは断然私も応援したくなってまいりましたぁ!」


 多くの者が使うような木刀を持った、浅黒く背の高い男が不敵な笑みを浮かべながら観客席へ手を振っている。それを見る周りの視線は鋭い。

 注目選手として紹介されることは名誉なことかもしれないが、他の選手にも注目されて不利になってしまうような気もした。あの男の堂々とした態度は自信から来るものか、それとも虚勢なのかは始まってみないとわからない。


 予選が始まるまでの間司会による選手の紹介が続き、それぞれが他の選手にマークされていく。最初に紹介されたナーイルのように堂々としている者もいれば、不機嫌そうに司会席を睨みつける者もいた。


 右正面当たりの観客席では人がざわめき移動し、ぽっかりとある男を中心に空席ができた。クダンが宣言通り観客席に移動してきたのだ。周りの人間は蜘蛛の子を散らすように席をあける。

 クダンは所在なさげに右手をあげて、何かを言っていたが、やがてため息をついて観客席の一番上段へ移動し、壁に寄りかかった。腕を組んで睨むように会場を見下ろしている。

 本人にすれば観客席に座ると周りに迷惑をかけるからと思い、端に立って会場を見ていただけだったが、近くにいる者達は彼の怒りに触れたのではないかと気が気でなかった。

 彼のそばだけ他のところより人口密度が低い。クダンの視線が気にならないものからすれば、彼がいる周りの席は一等席になりそうだ。ハルカは明日以降は、彼の近くで観戦するのもいいかもしれないと思っていた。




「長らくお待たせいたしました!会場の準備が整ったようです。それでは、武闘祭予選、第一ブロック、開始いたします!」


 大きな銅鑼の音が会場に響いて、観客席から飛ぶ応援の声と、咆哮する選手たちの声が混ざり合い会場が揺れる。

 ハルカの身体も芯から揺れるような錯覚を覚え、気分がぐんと盛り上がるのが分かった。試合や大会と無縁な人生を歩んできたハルカにとって、この盛り上がりは未知の感覚だった。体が熱くなるような、自分も何かしたくなるようなざわめきが心を揺らす。

 自然と身を乗り出していることに気づいて、はっと我に返り恥ずかしくなり左右を見ると、二人も真剣な表情で会場を見ていた。他の観客も歓声を上げたり、ヤジを投げたりしている。見える限りほとんど全員が選手たちの力闘と熱気に乗せられて体を前傾させていた。

 これは、恥ずかしいことではないんだ、そう気づいたハルカは声こそ出さないものの、他のみんなと同じように、また身を乗り出して会場を凝視した。


 ワクワクする、ドキドキする、自分が参加しているわけでもないのに心臓が張り裂けそうだった。

 選手たちがその技能を存分に振るって、打ち合い、殴り合い、蹴落としあう姿はとても恐ろしいものであったが、それと同時に彼らが全力で生きているということを感じる。自分の力を大勢の人に示している。

 自分も、この世界でただ埋もれたくないと思う。何者かになってみたいという少年のような心がざわめく。

 ハルカはこぶしを握って唾をのみ、戦う者たちの姿を片時も見逃さないように、瞬きも忘れて会場を見つめた。



 司会により紹介された選手達が奮闘している姿が目立つ。

 バトルロイアル形式のルールだと、注目を浴びたものは絶対に不利だ。先に強い奴から脱落させた方が最後の四人に残れる可能性は高い。

 示し合わせたわけではないだろうに、注目された選手は四方八方から攻撃を受けていた。最初に手を振る余裕のあったナーイルも、最初の笑顔が思い出せないくらいに険しい表情で、足を常に動かして同時に多人数を相手にしないように立ち回りながら戦い続けている。

 この予選は強さも必要だが、どう戦うかという戦略も重要になってくるようだった。

 倒れてしばらくしたものは大会運営の者に引きずられてステージの外に出される。

 偶にはじき出されるようにしてステージから落ちていくものの姿も見えた。


 十分もすると、会場に残った人数は両手で数えられる程度になる。こうなってくると、どの選手も気軽に動けなくなる。睨み合いが続く中で最初に駆けだしたのは、ナーイルだった。


「休憩時間ありがとう。睨み合ってくれて助かったよ」


 襲われた男は長い棒を持っており、ナーイルの斬りこみをその真ん中で受け止める。一瞬の硬直を見て、残っていた数人もそちらへ駆けだしたが、ナーイルが不敵に笑って棒を持った男のみぞおちを蹴り飛ばす。息を詰まらせた男が地面に這う。

 振り返ったナイールは自分の下へ駆けてくる者達を見ても余裕の表情を崩さなかった。


 彼らの背後から他の選手が襲い掛かり、ステージに立っている選手が四人になった。


「動くなら最初に動かないとね。チャンスは待ってるだけじゃ掴めないよ」


 腕を上げて勝利を示すナイールに、会場が湧き上がった。再び空気が揺れる。

 利用されたのが不本意だったのか、残った選手達は気に食わなさそうにそちらを見たが、ナイールは余裕の笑みでそれを受け流した。


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