百十五話目 大会の開始
コロシアムの入口から会場までは、ドットハルト公国の祭り運営の人たちが案内をしてくれる。目測で直径百メートルはあろうかという広い石畳を中心に、それをぐるっと囲うように観客席が用意されている。観客席と会場には2mほどの高低差があるため、上から見下ろすような形で観戦をすることになるようだ。
席の最上段には出店が幾つか並び、飲み物や食べ物を買うことができるようになっている。幌のつけ外しができるようになっている辺りは豪華な椅子が置かれているので、恐らく貴賓席に当たるのではないかと思われた。
野球観戦のような気分で食べ物と飲み物を買って、三人並んで席に着いた。観客席のちょうど中ほどに陣取ることになったが、よほど背の高い人が興奮して立ち上がったりしない限り、前が見えなくなることはないだろう。
「実際のところ、アルはどれくらい勝ち残れそうなんでしょう?」
ハルカはアルベルトがそこらにいる十五歳程度の実力でないことは流石にわかっていたが、実際のところ、どこまで強いのかがわからない。
「さぁ、私もわからないけど、元々二級冒険者でもトップの方にいたアルのお父さんといい勝負してたくらいだから、結構強いはずだよ。予選……、モン君は抜けられると思う?」
「相手と戦い次第だと思うです。結構高い確率で残れると思うですけど、昨日ギルドで鉄の棒振り回してたお姉さんくらいの人がたくさんいたら危ないです」
「強いの?」
「強いです。すぐ喧嘩して暴れるので階級上がらないですけど、この国の二級冒険者です。【鉄砕聖女】とか呼ばれてる有名人です」
「詳しいんですね、モンタナ」
「あの武器作ったの、うちの工房の人です」
地元の人間には詳しいのは当然なのかもしれない。
そういえばこの祭りの優勝者への副賞でマルトー工房から武器を作ってもらえる権利、というものもあった。それだけ優秀な工房なのだ。きっとこの会場にもモンタナの父親は来ているはずだ。
「お父さん、会場に来てるんじゃないですか?」
「多分いるです」
「会いに行かなくていいんですか?」
「いいんです、まだ胸をはれるほどすごい冒険をしてないですから」
「そう言うものですか」
「です」
モンタナにはモンタナのこだわりのようなものがあるのだろう。
ハルカにしてみれば、めったに会うことのできない親なのだから、会える時に会っておいたほうがいいんじゃないかという思いもある。
もしかしたらハルカが早くに親を亡くしたからこそそう思うのかもしれない。
ただその辺りは個人の自由ではあると思うので、それ以上しつこく話すことはしなかった。
選手の待機所は外に用意されているが、始まるまではコロシアムで体を温めることが許可されている。そこで争いを起こすと即失格になるため、暴れだす者はいなかった。壁に寄りかかって中指を立てたり、何か挑発をし続ける噂の【鉄砕聖女】の姿は見られたが、皆一様に青筋を立てながらもそれを無視していた。
しばらく聞くに堪えない暴言を繰り返して周囲を煽りちらしていたが、やがて誰かに告げ口でもされたのか、兵士に囲われて会場から姿を消した。失格になるのかどうかは微妙だが、彼女の性格がよくわかる行動だった。
やがて会場にいた選手たちが兵士によって退場させられると、会場には観客がざわめく声だけが残る。会場に数人の正装をしたものが姿を現し、その真ん中に立つ。横に立つ女性が何か呪文を唱えると、咳払いをした声が会場中に響き渡る。
「はい、聞こえますね。皆様お集まりいただきありがとうございます。この度この栄えある武闘祭の進行を任されることになりました、ラッキーJと申します。はい、私の名前は覚えなくても結構ですよ。本日の主役は選手の皆さまですからね」
立派なカイゼル髭を生やして、何処かひょうきんな顔立ちをした男は聞き取りやすい口調であちらこちらに頭を下げながら澱みなく話す。こういうイベント行事の専門家なのかもしれない。
「始まる前に軽くルールの説明をばさせていただきます。まずルールですが、まずは予選を行います。予選は一から八ブロックにランダムに分けられています。選手は自分のブロックで会場に上がり、生き残りバトルを行ってもらいます。逃げ回っても良し、最初から殴り合っても良し!戦い方はどんなでも結構。ただし武器はこちらの用意したものを使用し、殺しは厳禁となっております。あちこちに全身金色の服をきた大会運営員がおりますので、故意にこれを攻撃したものも失格といたします。気絶したものは運営員によって舞台の外へ運び出します。その時点で敗退でございますね。同様に舞台の外に落ちてしまったもの、自分の意志で出たものも敗退といたします。選手の皆さん、もう無理だと思ったら外へ行くんですよ。最後に残った四人を決勝トーナメントへご招待。難しいルールではないでしょう?これが二日間に分けて行われます。中日を設け、その後決勝トーナメントとなりますが、そちらのルール説明はその時に改めて行いましょう。ちなみに身体強化以外の攻撃魔法の使用は禁じておりますので悪しからず!使用を見つけ次第その方も失格といたします」
ラッキーJは大きく息を吸う。
「さぁさぁさぁ、説明はこれでおしまい!引っ込めクソ髭という罵倒の声が聞こえてくるようであります。ええ、引っ込みますとも!早速エキサイティングな武闘祭を開始いたしましょう、一ブロックの選手の方々、どうぞご入場ください!」
両手を広げてあちこちに投げキッスをしながら楽しそうにラッキーJが会場から飛び降りて、裾へ消えていく。選手たちが待機していたゲートが開けられて、一斉に屈強な者達が会場へ上がっていく。
話す者はほとんどおらず、その熱気が会場を包み、一瞬後に客達が大きな声で歓声を上げた。自分の応援する者の名を叫ぶ者もいれば、ただその場に流されて大きな声を出しているだけの者もいる。
ハルカはそれを見ながら、やっぱり横断幕を作ってきたらよかったかもしれないなと思っていた。
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