六章 武闘祭

百一話目 目的地が見えた!

 念のためギーツの身の上話をアルベルト達に共有する。随分長い話であったことをため息交じりに伝えたところ、アルベルトから謝罪を受けた。疲れているのに面倒なことを押し付けてしまったと反省したらしい。


「私が相手をする約束でしたからね」


 そう言った後、ポンとアルベルトの頭に手を置いて気づいたのだが、少し前よりアルベルトの背が伸びている。急な成長だと思うが、最初にあった頃より五センチ以上は大きくなっているように思う。今はハルカとほとんど同じくらいになっているから、抜かされるのも時間の問題だろう。

 少し悔しくなって隣を歩いているモンタナの頭に手を置くと、いつもの位置にあって一安心した。不思議そうな視線を向けてきたモンタナに、罪悪感がわいてきて、そのままくしゃくしゃと頭をなでて誤魔化した。


 山道も抜けて開けた平原を歩いていく。視界が開けており動物や賊が隠れられる場所もない。そのため警戒もあまりする必要がなく、気分はハイキングだ。景色が変わらず退屈であるともいえるが、いつも人の倍くらい喋るギーツが今日は静かだった。朝に嫌味を言ったことを気にしているのかと思い心配になり振り返ると、しきりに欠伸を繰り返して目をこすっているだけだった。呆れた話だが、ハルカの心配通り、どうやら眠たくて仕方がないらしい。

 今日のところは宿があるらしい村まで進む予定なので、夜はゆっくり休むことができるだろう。ただ、そこまではしっかり歩いてもらいたかった。




 半分眠りながらも村まで歩き切ったギーツは食事を終えるとすぐに眠ってしまった。いつの間にかリュックサックの中身も少しずつ洗練されてきたのか、自分たちの物と大きさがそう変わらなくなっているのにハルカは気づいていた。彼は彼なりにこの旅で学ぶべきところがあったのだろう。とはいえ、この先彼とかかわり続けていきたいかと言えばそれは否だった。

 いつかどこかで、彼が成長してから再会できたら、その時は考えてもいいかもしれない。

 そんなことを考えながらハルカもその日は眠りについた。







 その後の旅は順調に、何事もなく進むことができた。

 天候に恵まれたこともあって、予定通りの日程でドットハルト公国の首都シュベートの姿を拝むことができた。

 遠くからみるシュベートは、ただの高く長い壁だった。

 無骨で飾り気のないそれは、ドットハルト公国の国柄を一目で表現している。中に入らない限り、シュベートの街の様子を見ることはできなかった。

 道は近づくにつれて広く整備され、すれ違う人たちもどんどん増えていく。


 そんな中、シュベートへ向かう人たちの多くは武器を携え、防具を付けていた。その中には騎士のようなもの、冒険者風なもの、それに刀を佩いた侍のような恰好をした人の姿もある。

 ここに向かう前にアルベルトが言っていた武闘祭に出場、あるいは観戦するために集まってきているのだろう。優雅さや、見える建築物の洗練さでは及ばないものの、賑やかさや人の多さだけで言ったらヴィスタと比べてもそう見劣りはしない。


「いいか、私たちは旅の途中で知り合って、賊を返り討ちしたときに意気投合しただけだからな。護衛ではないぞ、わかっているな?」

「しつけえな!わかったって言ってんだろ」


 ここの数日耳に胼胝ができるくらい聞いたセリフに、アルベルトはそちらを見もせずに返事した。意気投合とはいったいどういう意味か調べてみてほしいものだ。どうせ拗ねたような顔をしているんだろうと思い、その顔を拝んでやろうとハルカは振り返る。

 ハルカの目に映ったのはアルベルトの拗ねた顔ではなく、奇妙な光景だった。


 後ろにたくさん歩いていたはずの、武装した人たちが皆、道の真ん中をあけて両端に寄ってしまっている。明らかに異様な光景なのに、皆が何も起こっていないかのように普通に喋りながらゆっくり歩き続ける光景は明らかに異様だった。

 モーセの十戒で海が割れたかのように道の真ん中が無人となり、その動きはついにハルカのいるあたりまで追いつく。

 アルベルトもモンタナもギーツもコリンも、同様に道の端にゆっくりとそれていくのを見て、ハルカはごくりとつばを飲み込んだ。

 何が起こっているのかわからなかったが、ハルカもそれに倣っておこうと思った直後に、割れた道の真ん中を一人の男が足早に歩いてくるのが見えた。


 その男は黒い髪に、意志の強そうでどこか不機嫌そうな眉、真一文字に結ばれた唇をしていた。えんじ色のコートのようなものを身にまとい、背中に人の背丈ほどもある剣をクロスさせて担いでいた。腰にはさらに2本の剣を佩き、全身には力がみなぎっているのが遠目に見るだけでわかる。筋肉質であるがスラッと背が高く、何よりその眼光が鋭くその視線だけで人を殺せるのではないかと思うほどだった。年齢はわかりづらく、二十代前半のようにも見えるし、こちらの世界に来る前のハルカと同じくらいの年齢にも見える。


 近づくにつれてその顔の細部まで見えるようになってくるが、印象はさほど変わらない。ただ、ハルカはしっかりとその男と自分の目が合っていることに気づいてしまった。


 その威圧感に押し出されるように、ハルカは皆と同じくらいの速さで後ろ向きに歩みを進める。今更目をそらしたら急に襲い掛かられるんじゃないかという恐怖感があった。

 男はそんなことはお構いなしにずんずんと距離を詰めてくる。近くに来て目測すると、ハルカより頭一つ分以上背が高い。

 とうとうハルカの一メートルほど手前までやってきて、片方の眉を上げて口を開いた。


「お前何変なことしてんだ?あぶねえぞ」


 意外なことに男は歯を見せて、唇には笑みを浮かべていた。犬歯が鋭く動物的で余計怖くなったが、ハルカは余計なことは言わずにそれを心にとどめておく。


「はい、気を付けます」

「おう、ま、気をつけろよ」


 気さくにそう言って男はハルカを追い抜いて、シュベートへ向けてどんどん歩いていく。ハルカは男の姿を視界にとらえ続けて、そのまま前を向いた。男の背中が遠くなり、どんどん小さくなっていく。


 男が離れると左右によけていた人の波は何事もなかったかのように、徐々に元のに戻っていく。


「な、なんだ、あいつ」


 アルベルトがハルカのそばに寄って、少し呼吸を苦しそうにしながら尋ねてきた。見れば他の仲間たちも、恐ろしいものを見たとでも言うように男が消えていった先を眺めていた。モンタナの耳は伏せられ、尻尾はくるりと股の下に隠れてしまっている。


「皆さん何で横によけていたんですか?」


 ハルカが尋ねると、アルベルトが眉をしかめながらしばらく考えてから答える。


「最初は自分が道の端によけてることすら気付いてなかった。でもあいつがハルカに話しかけたときに、どうあがいても勝てなさそうなやばい奴が突然隣に現れた、って思った。なんだあいつ、なんなんだよ」


 ぎゅっと剣の柄を握り締めて、アルベルトは悔しそうに唇を結んだ。

 ギーツが声を震わせながら、それでも強がって少し胸をそらしながら自慢げに話す。


「あれは、特級冒険者のクダンさ。武闘祭には毎年招待されている。来ない年もあるらしいけれどね」


 それを聞いたコリンが大きく息を吸い込んで深呼吸をしてからギーツに突っかかる。


「待ちなさいよ、クダンっていったら物語にも出てくるような冒険者じゃない。百年くらい前の本に書かれてるような大冒険者よ。ホントに生きてたのね……。っていうか何歳なのよ!」

「そ、そんなことは知らぬよ。二代目とかなのではないのか?」


 すごい剣幕で食って掛かられたギーツは、慌てて言い訳をするように答えた。


 ハルカはその特級冒険者の名前を聞いて、少し古くよれてきた自分のメモ帳を取り出し、最初の頃に書き出した注意するべき特級冒険者の名前が書かれたページを開く。


 その一番上に彼の名前が書いてあった。

【不倒不屈】【首狩狼ベヘティングウルフ】などの二つ名をつけられた特級冒険者で、どこかの国の王様を気に食わないという理由だけでぶん殴ったといわれる正にその人だった。

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