九十九話目 脛を叩く

 コリンが言い争いを始めた二人を置いて少し焚火から離れてハルカに手招きした。招かれるままに近寄っていくと小さな声で話しかけられる。


「あんなのほっといて寝よ」

「ええ……」


 さっとマントをかぶって寝転がってしまったコリンだったが、ハルカは気になって視線を三人の方へ向ける。モンタナが二人を座らせて話をさせようと、身振り手振りしているものの上手くいっていないようだった。

 モンタナの視線がハルカの方へ向いて、目が合う。

 助けを求めているような視線に思えて、ハルカがそちらに向かおうとすると、コリンに腕を引かれた。


「もう、ハルカは今日は休まないとダメだって」


 そのままぐいぐいと体重をかけて引っ張られるものだから、ハルカは諦めてコリンの横に座り込んだ。モンタナも言い争う二人が全く自分の話に耳を貸さないので、諦めてその場に座り込んで袖口から鉄のやすりを取り出した。モンタナがいつも最初の頃に石を削るために使っている道具だ。心なしかむくれた様子で石をゴリゴリとし始める。

 本格的に殴り合いとかにならなければそれでいいと思い、ハルカも体を横にしてコリンのそばで休むことにした。

 しばらくしてうとうとし始めた頃に「いてぇ!」とアルベルトの声がした。まさか喧嘩になったのかと慌てて目を開けてみると、今度はギーツの「いたぁ!」という声が森に木霊した。モンタナが彼らの足元で据わった目つきをしている。アルベルトもギーツも脛を抑え地面に座り込んで痛みをこらえているようだった。

 モンタナはうまく削れなかった石をやすりでカンッと叩いて、鼻息を荒くして二人を順々に見る。二人はおびえたように片手で脛を抑えたまま、もう片方の手をモンタナから距離を取るように前に突き出した。


「や、やめろモンタナ、それで脛を叩くな」

「そ、そうだぞ……、かなり痛いのだ、もうやめてくれたまえよ……」


 涙目の二人を遠目に見て、ハルカは軽く笑って目を閉じた。どうやらモンタナも怒ることがあるらしい。





 小さな話し声が聞こえた気がして、少しずつ意識が浮上する。随分眠った様な気がするが、まだ交代の時間ではないのだろうか。最初に頭に浮かんだのはそんな考えだった。ゆっくりと目を開けると、まだ辺りは薄暗い。焚火の火だけが広場を照らし、静かな夜の時間が流れていた。

 目の前にはモンタナの耳が見える。いつの間にかそのお腹の辺りに手を回していたようだ。ということは背中にくっついている温もりはおそらくアルベルトのものだろう。三人仲良く川の字の形だ。

 ぼんやりとした意識の中、皆が気を使って自分を起こさずにいてくれたことを理解した。優しさに嬉しく思うのと同時に申し訳なくなる。

 ゆっくりと手をモンタナの上からどけて、できるだけくっついている相手を動かさないようにして立ち上がった。温もりが消えて寒くなったのか、ずりずりとお互いの方に寄って行くアルベルトとモンタナをみて、ささっと間から抜ける。


 二人が寝ているということはコリンは一人で火の番をしているのだろうか。しかしそうするとさっきの話し声は、と思い焚火の方へ足を向けた。

 見えた影は二人分、片方はコリン、もう片方はギーツだった。


 あの後何の話し合いがあったのかわからないが、結局ギーツも不寝番をやってみることにしたらしい。

 ハルカが近づいていくと、二人ともそれに気づいて軽く手を挙げた。


「もう少し寝ててもよかったのに」


 コリンのそばに腰を下ろすと、コリンが口をとがらせてそういった。


「十分眠れました。ありがとう、コリン」

「ならいいんだけど」


 ずりずりとお尻をずらしてハルカにくっついたコリンが疑うようにハルカを見上げる。

 本当によく寝た感覚はあった。休んだおかげか気分の悪さもすっかりない。

 まだ対人の戦いについて割り切ることはできていない。今日のように人に魔法を向けるような事態には遭遇したくはなかったし、そんなときがまた来たらまた躊躇ってしまうかもしれない。それでも今日よりは上手くやれるような気がしていたし、根拠はないが、ハルカは自分が精神的に少しは成長できたと思っていた。

 これも全部仲間たちのおかげだ。きっと仲間の誰かの為と思えば、自分も勇気を出すことができる。少なくともそうでありたいと思っている。

 微笑んで炎をじーっと見つめながらハルカは沈黙を楽しんだ。


 一方でうずうずと何かを話したそうにしているのがギーツだ。

 誰も何もしゃべらないものだから、十分ほどはギーツも枝を折ったりしながら沈黙を守っていたが、我慢しきれなくなり口を開く。


「私は、争い事が苦手なのだ」


 唐突な告白だった。しかしそうなのだろうな、と思っていた二人は目線をギーツに向けるだけで返事はしなかった。それを話を聞いてくれていると解釈したギーツはそのまま一人で語り続ける。


「学問が好きでな。できれば研究職か、人にものを教えるような仕事をしたいと思っていた。でもな、貴族の嫡男というのは仕事を選べないのだ。私は国に帰ったら、本格的に軍事のことを学び、自らも戦闘の場に立てるようにならねばならん。そろそろ私が何故依頼に妙な条件を付けたのか聞きたいだろう?」


 そうしてチラリと二人の様子を窺う。

 ハルカは別に依頼さえ終われば構わないかなぁと思っていたので、実はもう聞かなくてもいいと思っていた。しかし聞いてほしそうにしているので頷いてあげるべきかどうか少し迷う。


「ううん、別に聞きたくない」


 その間にコリンが真顔で返事をした。

 コリンにしてみれば余計なことを聞いてこれ以上面倒なことに巻き込まれたくなかったし、好きでもないやつの身の上話なんてどうでもよかった。


「そうだろう、そうだろう……、ん?聞きたくないといったか?」

「うん、聞きたくない」

「……いいから黙って聞いてくれ」

「話したいならもったいぶらずに話しなさいよ」


 散々情けない姿を見ながら十日間も一緒にいると遠慮も何もなくなる。冒険者なんて水商売だ。少しぐらい貴族の不興を買ったところで、その貴族のいるあたりに近づかなければそれでいい。それくらいの適当な感覚で仕事をしているものが多かった。特級冒険者が王様をぶん殴ったという話は大げさな話でもないのだ。


 そのことはわかっていたが、悲しい顔をするギーツがなんだかかわいそうで、ハルカは話の先を促してあげることにした。甘やかすとすぐにつけあがるのはもう十分理解しているはずなのに、ハルカは相変わらずだった。


「ええ、聞かせてください。その方が仕事もしやすいかもしれませんから」









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