九十八話目 夜ってみんな眠るでしょ?

 食事を作り始めたあたりで、モンタナにつつかれていたギーツが目を覚ます。


「い、いったい私が何をしたというんだ。なぜ私を引き倒したりしたのだ!」


 目を覚まして早々大きな声を出してモンタナを問い詰め始める。モンタナは驚いて目をまん丸にしてぱちぱちと瞬きをした。


「納得のいく説明をしてもらえるのであろうな!場合によってはギルドに訴えねばならんぞ」


 モンタナは地面に落ちた矢を拾ってきて、腕を組んだまま睨みつけるギースに差し出した。


「なんだ、私を脅すつもりか?!そんなものには屈さぬぞ」


 足を一歩引きながらそう言う姿に説得力はなかったが、モンタナは彼を脅すつもりで矢を拾ってきたわけではない。


「あそこの茂みから、矢で狙われていたから、間に合わないと思って足払いしたです。倒れるのに時間がかかりそうだったから、背中引っ張ったら思ったより地面に強くぶつかったです、ごめんなさい」


 モンタナが野盗のいた場所を指し示しながら説明をする。ギーツの顔色がさっと青くなった。


「転んでいなかったら、刺さっていたのか?」

「喉にぶっすりです」

「喉に……」


 自分の首元を手で押さえて、モンタナの持っていた矢を見つめる。


「多分元狩人だと思うです。動物用の強い弓を使ってたですから。刺さったら死んでたです」

「そ、そうか、それで、野盗はどうなったのだ」

「殺したです。二人逃げられたですけど」

「殺した、のか……」


 背中を木に預けてずりずりと座り込んだギーツは、力無くつぶやいた。とても戦い慣れているとは思えない態度だ。先ほどのハルカよりは幾分かマシではあったが、これで武門の家の嫡男が務まるとは到底思えない。


 少し離れたところでそれを聞いていたハルカは自分の額を撫でて、丈夫な体に感謝をしていた。



 食事を終えて各々やることを終わらせて火を囲む。いつもはさっさと眠ってしまうギーツが今日は横にならずに一緒に起きていた。

 それだからっていつもと違う事をするわけではなく、食器を水で流したり、体を拭いたりして火を囲み、今日の不寝番の組み合わせと順番を決めるくらいだ。


「はーい、私は今日ハルカと一緒で、後からがいい」


 コリンが最初にそういうと、他の二人は反対することなくうなづいた。


「いいんじゃねえの。ていうかさっきハルカ調子悪そうだっただろ。今日は3人で回してもいいぞ」


 ハルカの様子がおかしいのはアルベルトの目にも入っていたらしい。普段他人に気を使うタイプではなかったが、仲間に関してだったらまた別だ。心配そうに向けられた視線を受けて、ハルカは苦笑した。年下の仲間たちに心配されるのも段々と慣れてきてしまった。それどころか、心配されることを少し心地よくすら感じてしまっている。よくない傾向だと思いながら、ハルカはアルベルトに返事をする。


「大丈夫ですよ、そんな情けないことばかり言ってられません」

「……無理すんなよな」

「ありがとうございます、アル」


 まっすぐ礼を言われて照れ臭くなったのか、アルベルトがハルカから目を逸らした。自分はいつだって真っ直ぐなくせに、他人にやられると弱いらしい。


 順番も決まったところで、ハルカとコリンが先に休む準備をしようと腰を浮かした時、横からギーツが口を挟んだ。


「さっきから、いったいなんの話をしておるのだ?」

「なんのって、夜の警備の順番だよ」


 アルベルトの憮然とした返事に、ギーツは難しい顔をした。


「その、警備というのは毎晩行っているのか?」

「当たり前だろ、じゃなきゃ誰が夜に近づいてくる奴らの警戒してたんだよ」

「……それは、必要なのか?」

「お前バカなのか?必要に決まってるだろ」

「バカではない。だって夜は眠るものだろう。起きて警備をしたところで何も来るまいよ」


 あまりに現実からかけ離れた物言いに、アルベルトは絶句した。そんなアルベルトを見るのは今まで一緒に過ごしてきて初めてだった。


「お前、お前、今までも嘘だ嘘だって思ってきたけど、お前絶対に旅とかしたことないだろ、っていうか街の外歩いたこともないだろ!今までどうやって生きてきたんだよ!モンタナ、こいつ絶対身分偽ってるぞ!!」

「な、ななな何を突然言い出すのだ!失礼なやつだと思ってきたが、今日という今日は許さぬぞ!」


 二人が立ち上がって睨み合う。

 モンタナは知らん顔をしていたが、流石に二人が距離を縮めていくと諦めたように立ち上がって、二人の間に割り込んだ。


「喧嘩は良くないです、お話しするですよ」


 モンタナがちゃんとアルベルトより年上なんだなと実感した瞬間であった。


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