九十六話目 賊です(※残酷な描写があります)
ギーツはその日の夜から、アルベルトと一緒に素振りをするようになった。いざその素振りの型を見てみると、意外なことに体の芯はぶれずに、綺麗な素振りをしていた。
ただしすぐに息切れをするし、アルベルトのペースにはついていけないようだった。それでもまめでもできたのか、手のひらにぐるぐると、不器用に包帯を巻きつけていた。
食事をしながらアルベルトがギーツに向かって尋ねる。
「お前、その剣飾りだと思ってたけど、もしかして本当に戦えたりするのか?」
「ふん、最初から言っていただろう?私は魔法も剣も使える、どこまでも失礼だな」
「じゃあ次からなんか出たらお前も戦えよな」
「も、もちろんだ、とも」
一瞬返事にためらったギーツを見て、ハルカが口をはさむ。
ハルカは素振りを見て相手の技量をはかることなどできないので、彼が本当に戦えるかわからなかった。それにどう見てもギーツが戦闘に対して気後れしているのはみて分かった。ハルカも最初は戦うことが怖かったし、望まない相手に無理を戦いをさせるべきでないと思っていた。
「アル、私たちは護衛なんですから、依頼主は危険にさらさないようにしないと」
「そうだ、そうであった。私は戦えるが、折角君たちを雇っているのだから、頑張ってもらわねば」
何か心境の変化はあったらしいが、結局態度はいつもと変わらなかった。
翌日は特に何も出ることなく、ただただ山道を進み日が暮れた。もう少しすると山が開け、平坦な土地が現れる。次の日に一日歩きとおせばドットハルト公国の最初の街につく。話によれば元々は王国とにらみ合いするための砦があった場所で、今でも多くの兵士が詰めているそうだ。北方への最前線の一つというわけだ。
逆に言うと、その町から関所までの道のり、つまり今ハルカ達が歩いている辺りが、一番治安が悪く、旅人にとってはリスクの高い場所であった。
道のわきに少し開かれた場所がある。
こういう場所は大体他の旅人たちが切り開いて、定期的に利用している野営地だ。
水場が近いことが多く、他の旅人と合流することもある。
たまに使ってやらないとあっという間に山や森に飲まれてしまうので、いい位置にあったら避けて通らず、軽く整備してやって使ってやるべきだ。
「今日はここに野営することにしましょうか」
ハルカがそういって広場に入ろうとすると、モンタナがそのローブを掴み、後ろに引っ張った。
「先に水の確保するですよ、あっち行ってから戻るです」
「え、モンタナ?」
「行くですよ、水の音するです」
勝手に道を少し戻りどんどん進んでしまうモンタナに首をかしげながら、ハルカはそれを追いかける。他の面々も、疑問に思いながら後を追う。
ハルカが魔法で水を出せるのに、水を汲みに行くなんて言い出すのは明らかに何かあるということだ。
「うむ、それでは私は先に火を焚く場所を確認しておくとしよう」
後ろにいたギーツだけがモンタナについて行かず、広場へ一歩足を踏み出した。
「ギーツさんも!行くです」
珍しく大きな声を出したモンタナが、駆け戻ってギーツの服を引っ張った。
「何を言っているのだ、そもそも水など出してもらえばいいではないか」
そういった瞬間に何かが空気を裂く音がする。
モンタナがギーツの片足を払いながら、その背中を思いきり引っ張った。
「おふっ」
不意に引き倒され、地面に背中がぶつかり空気が肺から吐き出され、ギーツが変な音を出した。直後にコッと小さな音がして、ハルカの額に何かがぶつかる。ハルカは木の実でも降ってきたのかと思い、のんきに地面を見ると、そこには1本の矢が落ちていた。
「賊です」
広場の手前の茂みから体を出し新しい矢をつがえている男に向かって、モンタナが身を低くして走りだした。すぐにそれを追うようにして荷物を投げ捨てたアルベルトが走り出す。
広場の奥に隠れていた男が5人、それぞれ古びた剣やスコップをもって飛び出してくる。誰もが薄汚れた格好をして、目をぎらぎらとさせていた。
ハルカは慌ててギーツの盾になるように前に出た。後ろからピョウと音が聞こえ、ハルカの左を矢が抜けていく。
「ぐぁ!」
広場から飛び出した男のうちの一人が大きな声を上げて、武器を取り落とした。腕に矢が生えており、男はそのままその場にしゃがみこむ。
敵の弓から2本目の矢が放たれる。更に身を低くし、まるで4足歩行をしてるかのような姿勢を取ったモンタナの頭の上をそれが通り抜ける。アルベルトが上からコンパクトに剣を振るってその矢を叩き落とす。
慌てて新たな矢をつがえた男の前にはもうモンタナがたどり着いていた。男はそのまま弓を振るってモンタナにたたきつけようとするが、モンタナが小剣を振るう方が早い。足を薙ぐようにして振るわれた剣は、その半ばまで切り裂いて、男を地面に這いつくばらせた。男の絶叫が森に響く。
男の足から剣を引き抜く間にアルベルトがモンタナを追い越し、先頭を走ってきていたスコップを持った男に相対した。
アルベルトが右から左へ横薙ぎに剣を振るうと、男は表情をひきつらせてスコップの先でそれを防ぐように腹部を守る。
一瞬腕を引き剣の先がスコップに当たることを避けたアルベルトは、無理やり突き出した剣で相手の左腹を切り裂いた。
腹が破けるようにして、中から何かが飛び出してくる。ハルカは見ていられず思わず目をそらしそうになる。後ろからまた矢が放たれる音がして、アルベルトに迫っていた男の一人の目の前にそれが刺さった。
仲間がやられた様子に勢いをなくしていたおかげで、矢が当たらずに済んだようだった。
残った3人が背を向けて森の中へ逃げていこうとしている。
ハルカはその背中へ向けて、人の頭ほどの大きさのストーンバレットを放つ。
誰にもあたらないでくれ、と心の中で願ってしまったのか、放たれた3つのそれは綺麗に人を避けて森の中へ消えていった。
ホッとしたような気持ちと、役に立てなかったという気持ちが複雑に交錯して、何とも言えない感情が胸のうちでのたうっていた。
ミシミシと大きな音を立てて倒れる木が、森の中へ逃げて行こうとした男を目掛けて倒れていくのが目に入る。ハルカは大して動いたわけでもなかったのに荒い呼吸を繰り返しながら、ただそれを眺めていた。木に押しつぶされようとする一瞬、男が振り返り、自分と目が合ったような気がした。
森の奥へ去って行く残った二人を見送るとハルカはその場にしゃがみこんで口を押えた。とにかく今まで一度もないくらいの最悪な気分だった。
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