八十一話目 ルート添削

 翌日には依頼を受諾し、ギーツと一緒に先の予定を確認する。地図に進行ルートを記し、もしもの場合の控えのルートもいくつか薄く線を引いていく。南北にズレた場合の補給ポイントなども確認したものの、自身で計画を立てるのが初めてであったハルカには不安が残っていた。


 朝のうちに宿に残しておいた伝言を確認したのか、宿に戻るとコーディが優雅にお茶を啜って待っていた。元の世界と違って時計や携帯電話が存在しないので、仕事をする人たちも時間はある程度自由が効くようで、こうしてのんびりしていても怒られたりはしないそうだ。

 ハルカは自分もそんな環境で働いてみたかったと思ったが、時間に余裕があったところで人間関係が希薄だった自分では、それも持て余していたかもしれないと思いなおす。

 こちらにきてから人との関係が濃くなる程、前までの自分の生活が薄ぼんやりとしたものに感じてしまう。

 希薄な人間関係はハルカだけのせいではなくて、時代や環境の違いも大いにあったはずだ。しかしハルカは自分の性格によるものだったのだろうと自省してばかりの毎日だ。

 そのせいで余計に仲間達やこの世界で暮らし、これまで関わってきた人たちが魅力的に輝いて見えていた。


「おや、戻ったんだね」


 手で座る様に促してから、コーディは従業員を呼んで、飲み物と軽食を注文する。


「もう少しのんびりするものかと思っていたんだけど、冒険者っていうのは忙しいよね。私も仲間内ではそう言われる方なのだけれど」

「急な話で申し訳ありません」

「いやいや、責めているわけじゃないんだ。君達の様子は報告を聞いているだけで楽しかったから、少し寂しくなると思っただけさ。明日には街を立つのかい?」

「ええ、そうする予定です。必要なものは今日のうちに購入しましたし……。旅立つ前に相談があるのですが、聞いていただけますか?」

「構わないとも。君たちとは末長く仲良くやっていきたいと思っているからね」


 両手を広げて穏やかな笑みを見せるコーディは、どうも本当に言葉通りに思ってくれている様に見える。もしかしたら敏腕外交官の巧みな交渉術なのかもしれないが、最初に会った時よりも明らかにリラックスしているのがハルカにもわかった。

 ハルカは横に置いた荷物の中から、大判の地図を取り出し、テーブルの上に広げる。今日話し合いに使ったもので、メインのルートと気をつける事柄、それに控えのルートが示されている。


「明日以降私たちが辿る予定のルートです。旅に慣れているコーディさんの目から見て、何か問題はありませんか?」

「どうかな、ちょっと見てみよう」


 コーディは飲み物を横に避けると、少しだけ身を乗り出して宙に浮かせた指を動かして、ルートが示された線をなぞる。

 真面目な顔をしてルートを見るコーディを、ハルカは緊張しながら見守った。作り上げたレポートを教授に提出した時みたいな気分だ。確認が終わるまではどうしてもドキドキしてしまう。


 こう言う時も他の面々はあまり緊張している様子を見せない。アルベルトは持ってこられた軽食を隣のテーブルに移して食べ始めているし、その横ではモンタナが石にやすりをかけていた。唯一隣にいるコリンは退屈そうに周りにいる人物を見渡している。

 皆んな地図を読むのと交渉するのはハルカの係、と思っているようでほとんど干渉してこない。

 では他の面々は何の係なのかというと、アルベルトが冒険者に絡まれた時の係、コリンが女性に絡まれた時の係、モンタナは索敵、警戒係だ。

 前の二つは大体ハルカのせいで起こっているトラブルなので、バランスが取れているといえば取れていた。


「うん、いいんじゃないかな。本当に初めてルート作りをしたのかい?大したものだ」


 手放しの褒め言葉に、ハルカは嬉しくなって笑顔が溢れる。その様子を見ながらコーディも笑って言葉を続けた。


「本当に大したものだ。結構勉強したんじゃないのかい?書き方がお手本通りだ」

「旅に出る前に本で勉強はしました」

「なるほど、今後もこんな感じで準備しておけば問題ないよ。情報が少ない時は、補給地点に立ち寄るたびに念入りに情報収集をしてルートの修正をするといい。期限が設けられていない限りは戻って遠回りしても安全を優先するべきだ。……とは言っても君たちは冒険者だから押し通ると言う選択肢もあると思うけどね」

「わかりました、忠告感謝します。お墨付きをいただけて安心しました」

「いやいや、役に立ててよかったよ」


 ハルカが地図をしまうと、飲み物と軽食をテーブルの中央に戻しながらコーディは話を続けた。


「ところでー……、君達の基本的な拠点はオランズでいいのかな?」

「ええ、そうなると思います」

「それじゃあ、ユーリ君の件で何かあったらオランズの冒険者ギルドに連絡がいく様にしておこう。旅をすると結構かかるけれど、手紙だけでよければ五日くらいで着くからね。もしそちらから何か私に用事があるときは、神聖国レジオンのオラクル教会に向けて連絡をしてくれればいいよ。とは言っても私もあちこちを飛び回っている身だから、必ずしもすぐに確認できるとはかぎらないけれどね。それはお互い様ということで」

「わかりました、ではその様にいたします」

「よし、じゃあこれからもよろしく頼むよ」


 コーディから手が差し出される。

 ハルカはうなづいてその手をぎゅっと握った。


「こちらこそ、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」


 コーディは満足そうに立ち上がり、ハルカ達みんなに告げる。


「私はもう少し仕事が残っているから一度抜けるけど、今夜はお別れ会といこう。ここで待っていればそのうちあの双子や時間の空いた騎士達がくることになっている。私も後で仕事が終わったらまたくるさ。……ああ、お代は気にしないで好きに飲み食いしていいからね。それじゃ、また後で」

「ありがとうございます、何から何まで」


 いいのいいの、といいながらコーディが後ろ手に手を振って宿から出て行くと、入れ替わるように双子が歩いて入ってきた。


「なんかあのおっさん今まで見たことないくらい朗らかな顔してたんだけど……」


 席のそばに来てテオが腕をさすりながら、気味悪そうに宿の入り口を見てそう言った。


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