八十二話目 お別れ会

 好きなものを食べ、騎士たちは大いに飲み、早いものは酔いつぶれ始めた。

 ハルカ達は前に酒を飲んで失敗をしているので、勧められても頑なに飲まなかった。というかコリンに飲むなと言われていたから飲めなかった。

 そんな様子を見て、明日出発だから抑えているんだなと周りは思ったが、そうではない。ただ単にアルベルトは眠りこけたあげくに吐きまくるし、モンタナはテーブルに溶けるし、ハルカの気の抜け方が尋常じゃなくなるから、コリンがあらかじめ飲まないようにきつく言っていたというのが真相だ。


 そのおかげで周りが酔いつぶれるか、ぼちぼち家に帰り始めた頃にも全員がまだ辛うじて眠っていなかった。とはいえ、アルベルトやコリンがこくりこくりと舟をこぎはじめていたので、そろそろ連れてもどろうかとハルカは思い始めていたところであった。


「では、そろそろ解散しようかな。子供は眠る時間だしねぇ」


 既に眠りかけの2人プラス、双子の片割れのテオを見ながらコーディが笑う。ハルカがテオに目を向けてみると、彼もまた少し前に眠ってしまっていたようで、テーブルに右頬を付けて静かに寝息を立てていた。しばらく放っておくとテーブルの木のあとが頬に残ってしまいそうだ。


「……確かに帰ったほうがいいかも」


 テオの様子を見たレオも、いつもより少し目が細くなっていた。いくらしっかりしているとはいえ、まだ13歳だ。眠気には勝てないらしい。

 そんな眠気を押して立ち上がったレオは、ハルカの横まで歩いてくる。


「ハルカさん、僕この間の旅に出るまでは、将来どうしようとか何も決めてなかったんだよね」


 ハルカは黙って頷きながらレオの話を聞く。こんなタイミングで言うのだから、きっと彼にとって大切な話なのだろうと思って、真面目にレオの顔を見つめた。もしかしたらこの話が、彼の将来を決めることだってあるのだ。ハルカの中に、適当に聞き流すという選択肢はなかった。


「今はまだ先生たちよりは魔法はできないけど、きっとその人くらいの年齢になるころには、僕はもっと魔法が上手に使えるようになってる自信があった。だから目標とかもあんまりなかったし、なんか、適当に教師でもしようかと思ってたんだけど……。もうちょっと学園で勉強したら、外に出てみようかなって思ったよ。今のところ、普通に暮らしてたら、ハルカさんみたいに気持ち悪い魔法の使い方ができそうにないから」

「気持ち悪いって……、言い方が悪くないですか?」


 穏やかに微笑みながら失礼な物言いをしてくるレオに対して、ハルカもやわらかい口調で返事をする。最初の頃とはまた違う、親しい中だからこそ言える、冗談のような悪口だった。


「だから……、冒険者になるか、嫌だけどこのコーディさんのいる部署にでも入ってみようかなって思ってる。……テオは、冒険者になりたがってるみたいだけどね」

「わざわざ嫌だけどとか言う必要ないと思うんだけどなぁ……。まぁ、貴重な戦力が増える可能性ができたと喜んでおくべきかな」


 眠っているテオにやさしい視線を向けながらレオがそういう。

 コーディはレオの話を邪魔しない程度に小さな声でぼやいた。


 会うたびにアルベルトとわーぎゃーと話していたテオは、確かに冒険者に憧れている節があった。最初はあんなにツンツンしていたのに、アルベルトの話す冒険者の話に真剣に耳を傾けていることもしばしばあった。さっきなんかコリンがメモした有名な冒険譚が載っている本のリストを受け取り、素直にお礼を言っている姿すら見られていた。


「僕もテオも、ライバルとか、目指すものとかあんまりなかったから。この間の遠征について行って良かったって思ってる。……友達もできたし」

「……そうですか、そう思ってくれてるなら、私も嬉しいです。あなた達に失望されないように、私も魔法の腕を磨くことにします」

「うん、次に会うときはもうちょっと理論立てて魔法を使うようにしてよね。じゃないと参考にしづらいんだから」

「わかりました……、約束はできませんけど、努力します」

「何それ、ホントハルカさんの魔法っていい加減だからなぁ……」


 レオは下を向いて笑い、それから顔を上げずに、動きを止めた。

 唇を少しとがらせて、眉がㇵの字になっているのが見える。いざ別れが近づいてくると、それが寂しくなってしまったようで、言葉に詰まっているのがハルカにも理解できた。

 ハルカはそっと手を伸ばして、レオの頭をなでようとして、やめる。

 プライドの高い彼にそれはなんだか違う気がしたからだ。


「レオ君、次に会うときは、お互いもっといろんな魔法を使えるようになっておきましょう。それで、また私に魔法の講義をしてください。私の魔法は独学で、いい加減な気持ちの悪いものですからね」


 ハルカは微笑んでそういって、レオに見えるように彼の前に手を伸ばした。


「握手をしましょう。きっとまた次あったときに魔法の話をする約束です。友達との約束ですから、忘れないでくださいね」


 レオは顔を上げないで、ハルカの手を両手で握った。その手はまだ小さく、女性の身体であるハルカのものより、まだ華奢だ。あと数年もすればきっとその手はもっと大きく、大人の男性のものになっていくのだろうけれど、今はまだ子供のそれだった。


「うん。ハルカさんも忘れないでね。そっちの仲間はモンタナ以外の2人が変な奴らだから、怪我とかしないように気を付けてよ」

「二人ともいい子たちですし、頼りになる仲間ですよ?」

「……いい奴らなのは知ってるよ。じゃあ、本当にみんな元気でね」


 手を放し振り返ったレオに、モンタナが駆け寄って、とんとんとその肩をたたいた。


「……お別れの話、すんだのに。なぁに?」

「これ、あげるです」


 振り返らないレオの前に回ったモンタナは、彼の右手を取って開き、薄い緑色の宝石のついた指輪を2つその上に乗せた。

 怪訝そうにそれを見たレオだったが、徐々にその表情が驚きに染まっていく。


「こ、これ、魔素が……」

「レオと、テオのです。作ったのであげるです」


 何かを言おうとしたレオの言葉に被せるように言って、モンタナがその手をぎゅっと閉じさせた。

 レオはその右手を左手で更に包むようにして、何を言おうかしばらく逡巡した後、ただ一言だけモンタナに返事をした。


「ありがと、大事にするね」


 モンタナが頷くと、レオも頷いてそれをポケットにしまう。


「それじゃあ本当に、そろそろお暇しようかな」


 寝ぼけたテオを背中に乗せたコーディが、レオとハルカ達に声をかける。

 レオもコーディのそばへ歩み寄って横に並ぶ。


「明日は早いんだろう、彼の言ったとおり、また元気で会えることを楽しみにしているよ。ユーリ君のことは任せておいてね」

「はい、又そのうち会いましょう。コーディさんもお元気で」


 お互いに軽く一礼して、それを最後の挨拶にコーディが宿の外へ歩き出す。


「そいつらが寝坊しないようにだけ気を付けてね。……またね」


 それを追いかけるようにレオが小走りで宿から出ていく。最後の方は目が合わなかったのは、照れ臭かったからなのだろうなぁと思いハルカはくすっと笑った。


 はじめての遠征は思いのほか順調に、実りの多いものとなった。

 いつかまた、あの双子と再会できる日を楽しみに想像しながら、ハルカはすっかり眠りに落ちてしまったアルベルトとコリンの身体を揺さぶる。

 うだうだとそのまま寝ようとする二人を左右に抱えて、ハルカは別れの余韻を楽しみながらのんびりと部屋まで歩いて戻っていく。途中からぴょんと背中に飛び乗ってきたモンタナの体温は温かく、ハルカも何となく眠たくなってくる。


 華奢な女性が3人を抱えて普通に歩いているのを見た他の宿泊客は、ぎょっとして目が覚めてしまったのであったが、今のハルカにはそんなことは関係ない。

 今も未来も、幸せで、楽しいことがたくさんありそうで、ハルカはこの世界に来れたことを心の中で感謝していた。

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