五十八話目 嫌いなもの

 騎士とハルカ達のパーティ、それにコーディというメンバーが村へ向かうことになった。双子含める他のメンバーはこの林の中に待機することになる。

 双子は不満そうな、ほっとしたような表情を浮かべていたが、コーディの決定に逆らうようなことはしなかった。


「コーディさんは残らなくていいんですか?」

「あれだけ煽っておいて残るわけにいかないよねぇ……。私も戦えないわけじゃないさ」


 ぽんと腰に下げられた剣の鞘をたたいてコーディはハルカの問いに答えた。


「私のことより君たちだよ。これだけ静かだと、全滅しているか、少なくても無事である可能性は低い。覚悟していくんだよ。……それじゃあ行こう」

「できるだけ開けた場所は避けて進みます、私の後に続いてください」


 デクトを先頭に、道を外れて茂みの中を進んでいく。村が近づいてきても、人の声は聞こえないし、活動している様子も見えてこない。

 柵は立派に作られているが登れないほどではない。低くなっている場所を探して乗り越え、村の中へ入った。

 モンタナがすんすんと鼻を動かして、小さな声でハルカ達に伝える。


「血の匂いがするです」


 ハルカは体をこわばらせるが、足を引っ張るまいと思い、歩き続ける。

 とにかく音を立てないように、身体を目立たせないように慎重に騎士たちの後に続く。コリンもアルベルトも、普段とは全く違うまじめな表情で、周りの様子を見ながら慎重に歩みを進めた。


 先頭を行くデクトが一番近くにある家の、木の板でふさいだだけの窓をめくり中をのぞく。ぶわっと匂いがあふれ出し、嗅ぎなれていないハルカでさえ鉄くさい血の匂いを感じた。

 デクトは首を横にふり、指を三本建てた。

 中には3人の遺体があったということだった。家の大きさを考えれば全滅だろう。


 それからも慎重に歩みを進め確認するが、どこの家を覗いてもデクトは首を横に振るばかりだった。生きている人の気配はまるでない。


 残すのは村の中ではひときわ立派な建物だけになったとき、一行は一度村の端に集まった。


「乾いている血もあります、恐らく襲撃者ももういません。一応あの建物も中に入って確認しますが、そこに何もいなければ手分けして生存者の捜索を行いましょう。いいですか?」


 全員が頷き意思の確認が終わると、デクトはまた無言で歩き出した。彼は騎士のはずだが、隠密行動もなれたもののようだった。もしかしたら昔は冒険者でもしていたのかもしれないとハルカは思う。


 大きな家は窓から覗くだけでは全貌が見えない。平屋であったが中は壁で区切られているようだった。正面扉から入っていくのは、もう襲撃者がいないと確信しているからだ。それでも警戒しながら慎重に探索を続ける。

 ベッドルームらしきところには夫婦とその子供の死体が転がっていた。寝ているところを襲われたのだろう、寝床から出ることなく息絶えている。よほどの手練れが相手だったのかもしれない。


 ハルカは口元を抑えて目を閉じた。

 誰も生きていない、ここに来た意味はあったのだろうか。濃厚な血の匂いにむせて吐きそうだった。

 横では心配そうに仲間たちがハルカの様子を見ている。

 彼らも表情をしかめてはいたが、ハルカほど気分を悪くはしていなかった。


「……もういないでしょう。普通に話しましょう」


 沈痛な面持ちでデクトがそう告げる。


「手分けして中を捜索します。ハルカさん達はあちら、私たちはこちらに」


 主寝室から左右に分かれて捜索をすることになる。

 デクトたちが広いリビングか食堂のようになっている方面を、ハルカ達が客室と思われる方向に進んだ。


「だいじょうぶ、ハルカ?」


 コリンが心配そうに言ってハルカの背中をさする。


「……大丈夫ですよ、ありがとうございます」

「ほんとかなぁ……」


 ハルカだって死体を見たことがないわけじゃない。

 でもそれは整えられた後の死体だ。

 両親の死体は当初酷い状態だったそうだが、葬式になるころにはプロの人がそれなりに整えてくれていた。呆然としている間に葬儀も終わり、すぐに骨になってしまったので、その時のことを詳しく覚えてはいない。


 しかし人に殺された死体というのは特別な気がする。

 その死体を見て怖いとか、気持ち悪いとか、そういうことを思うのではない。

 彼らの未来がここで潰えたことを想像すると、どうしようもなく悲しい様な、辛い様な気持ちが止めどなくこみあげてくる。

 それが他人であっても、心が重くなり、なんだか気持ちが悪かった。


 それと同時に、何故そんなことができるのか、という怒りの気持ちもあった。彼らが何かしたのだろうか?これだけ大勢の人間が、一斉に殺されるほどの悪行をしたというのだろうか。理不尽だと思った。

 ハルカは他人に訪れる理不尽が、自分に対して行われる理不尽と同じくらいに嫌いだった。無性に怒りがこみあげてくるのだ。

 大人になっていくにつれて、相手にも事情があるんだとか、なにか此方にも不備があったにも違いないとか、そんなことを思って誤魔化して理不尽を見過ごしてきた。起こった後相手を責めるのではなくて、辛い思いをしているその人を助けてあげようと思って生きてきた。

 でもここにきて子供の頃のハルカの心が大きな声で叫んでいた。こんな理不尽、許されることではないと。死んでしまっては、被害を被った人は、もう何をしても報われない。助けてあげることも、慰めてあげることもできない。


 死体を見て様々な感情が巻き起こり、ハルカは胸がいっぱいで、歯を食いしばることしかできなかった。死体などただ恐ろしいもので見たくないと思っていたはずなのに、ハルカの胸の内に沸いた感情は、想定とは全く異なるものになっていた。

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