五十九話目 生存者
寝室を一つずつ見ていくと、そのうちの一部屋のベッドに使われた形跡が残っていた。他の部屋の寝具が整っていたり、準備されていないのに対し、この部屋だけ、慌てて出かけたかのように掛け布団が跳ね除けられていた。
もしかしたら襲撃に気づいて逃げられたものがいたのかもしれない。逃げ切れているといいのだけれど、とハルカは部屋にいたものの無事を祈った。
ハルカが目を閉じ、アルベルトとコリンが手持ち無沙汰に、ウロウロしている間に、モンタナはじーっと部屋につけられたクローゼットを見つめていた。
「何かいるです」
全員に聞こえるくらいの声でそういってモンタナは扉に近づく。
「何の音もしねえけど……?」
アルベルトが首を傾げるが、モンタナは何かがいることを確信しているようで、慎重に扉に手をかけた。
さっと扉を開け放って身をひいて、少ししてモンタナが中を覗き込む。戦う用意をしていた他の面々も、モンタナの様子を見てクローゼットの中をのぞく。
夕暮れの暗い部屋の中で、小さな赤ん坊が泣き出しもせずに目を瞑っていた。
「赤ん坊……?」
コリンが不思議そうに呟く。
この村全体が襲撃されたのに、この赤ん坊だけがクローゼットの中で生き残っているのはあまりに不自然だった。
生後どれくらいの子供かわからないが、どう見ても自分で考えたり、他人の指示を聞ける年齢とは思えない。親と離れてこんな暗い場所に閉じ込められたら、泣き出してみつかるにきまっていた。
それが黙って衣服に包まれて静かに眠っているのだから、違和感しかなかった。
ハルカも同様に「なぜ?」という気持ちが浮かび上がったが、それと同時に生き残りがいたことに喜びを感じていた。なぜこの子が見つからずに生き残れたか、より、保護しなければいけないという気持ちの方が強かった。
ハルカは兄弟もいないし、今まで赤ん坊の世話なんかしたこともなかったが、できる限り慎重に、そっとその赤ん坊を抱き上げた。
あまりに静かなので、まさか死んでいるのではないかと思ったが、抱き上げてみると温かく、呼吸を感じることもできる。
その赤ん坊はゆっくりと目を開ける。
黒茶の瞳と目があったハルカは、まるで日本人みたいだなと思う。そういえば生えている柔らかい髪も黒髪だった。
この世界に来てからはカラフルな髪や瞳を見慣れてきていたので、なんだか懐かしいような気持ちになる。
「生きてる?」
「生きてるのか?」
「です?」
3人が全員で赤ん坊の顔を覗き込んだ。突然現れたたくさんの瞳に見つめられても、その赤ん坊は泣き出しもせずに、それぞれを見返した。その瞳にはあり得るはずもない理性が宿っているようにも見える。
「生きてます、うん、ちゃんと生きてます。……コーディさんと合流しましょう。この子のことと、この部屋の主人が逃げ出せたであろうことを伝えます」
じーっとハルカを見つめていたその赤ん坊は、ハルカの言葉を聞いてまた目を閉じた。
ハルカはできるだけその子を揺らさないように、慎重にコーディ達の元へ向かった。
「……あれ、ハルカさん、子持ちだったっけ?」
「フレッドさん?」
「あ、俺向こうの部屋調べてきまーす」
開口一番デリカシーのないことを言ったフレッドはコリンに睨みつけられて、目を逸らして、他の部屋へ逃げていった。
「面白くもない冗談はさておき、その子はどうしたんだい?」
「客間の一つのクローゼットからモンタナがみつけました。その部屋には最近まで人が泊まっていたあとがありましたが、死体がありませんでした。おそらく襲撃に気づいて逃げ出したのではないでしょうか?」
「なるほど、そうか……、この子は、前にこの村に来た時はいなかったね」
コーディは赤ん坊の顔を覗き込んでそういった。思い出してみてもこの村に赤ん坊がいた記憶はない。珍しい黒髪をしているから、忘れるはずもなかった。
「しかし、クローゼットかい?この子まだ生後1年も経っていないと思うけれど、よくそんなところに隠れていられたね。襲撃者が間抜けだったのかな?何にしても運のいい子だ。いや、襲撃されているのだから運が悪いのかな」
ほっぺたを突きながらコーディがいうと、赤ん坊は目を開けてそちらをみた。眉根に皺を寄せて泣き出しそうな顔をしたのをみて、コーディは慌てて指を引っ込める。
「いや、虐めようってわけじゃないんだよ、うん。となると、この子は外部から来た人が連れてきた子だね……。案外襲撃の原因はこの子かもしれない。ひとまず……、逃げ切ったことを祈って、その客室から逃亡したお客さんを我々も追ってみることにしようか。できるかな、デクトさん」
「可能な限りはやってみましょう」
「じゃあお願いするよ。おや、この子裾に刺繍がしてあるね。この子の名前かな?ユーリ、だってさ。君たちはこの子と一緒に、待機組に合流してもらえる?何かわかっても、わからなくても2時間もしたら合流するから」
眠っているのか起きているのかわからない赤ん坊に気を遣って、ハルカは黙ってうなづく。全員で家の外まで出ると、騎士達は客間の外に手がかりがないか探しに離れていった。
コーディもそれについていこうとするのをアルベルトが呼び止める。
「なぁ、護衛しなくていいのかよ?」
「お、えらいね、よく気がついた。でもね、いいよ、その子を早くここから離してあげてほしい。状況がわからないにしても、赤ん坊をこんな死体だらけのところに置いときたくないからね。それぐらいの子は病気をしやすいんだ。それにこの辺りはもう安全だと私が判断した、だから何かあっても私の責任だ。その子を頼むよ」
コーディは真面目な顔をして赤ん坊の頭を撫でてから、騎士達についていった。姿が見えなくなった頃に、コリンが呟く。
「ちょっとかっこいいわね、コーディさん」
「妻子持ちだぞ」
「うっさいわね、そう言うんじゃないわよ」
アルベルトとコリンのいつもと変わらないやりとりを見て、ハルカは肩の力を抜いた。
「さ、行きますよ、周りの警戒をお願いしますね」
仲間達の元気な返事を聞いて、ハルカは他の面々が隠れている林へ向かって歩き出した。
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