五十五話目 若い女の子
話を聞いた後、折角だから魔素の動きを感知できるようになってはどうかと言う話になった。
道すがらハルカはウォーターボールをずーっと浮かせたまま歩く。
ハルカにとって辛いことではなかったが、テオはそれを呆れたように見ているのだけが気になった。
魔素の流れの感知は、意識して行うものである。
日常でぼーっとしているときにも感知できるようになるには、かなりの修練が必要だそうだ。
先に二人がハルカの魔法の異常に気付いたのは、横で自分達も魔法を放っていたからだ。自分達が魔法を放って、魔素への感覚が鋭敏なまま横にいるハルカを見た時、はじめてその異常さに気付いたらしい。
「いつも感知してたら疲れちゃうじゃない」というのがレオの言い分だ。
モンタナはたまに茂みへの出入りを繰り返していたが、出てくる時には大抵何かを手に持っている。それは例えば杖のような棒だったり、甘酸っぱい木の実だったり、茂みで狩ってきた動物だったりする。
道からそれほど外れることなく歩いているらしく、しばらくするとひょっこり現れる。みんなは何も言わなかったが、はぐれたりしないものかとハルカは心配していた。
何度消えても的確にハルカの横の茂みのあたりから、ボスっと顔を覗かせるのが不思議だ。何らかの方法でこちらの位置を把握しているらしいことがわかってきて、ハルカはようやく心配するのをやめた。
オオカミ達の襲撃を凌いでから三日、出発から一週間経った頃、オランズよりも大きな街にたどり着いた。
街の名はアシュドゥル、その地下には神人時代の遺跡が一つ眠っているらしい。東のオランズや南の首都プライム、それに各国への中継拠点として、随分と栄えているようだ。
残念ながら今回は通過するだけの予定となっており、観光することはできなさそうであった。
コーディが護衛のハルカ達の分の宿も取ってくれていて、今夜は煮炊きも夜警もせずにぐっすり休むことができる。
ハルカは最初のうち自分達で支払うと遠慮したものだったが、コーディはそれも経費のうちだからと払わせようとはしなかった。
それからハルカに一つ忠告をしてくれる。
「ハルカさん、素直で慎み深いのはいいことだけれど、遠慮ばかりしていると損をするよ。護衛の宿代くらいは雇用者が払うものなのに、遠慮なんかすると、じゃあそうですかと平気で支払わないものもいるからね。これは覚えておいた方がいい」
「そうですか、ご忠告ありがとうございます、気をつけます」
生真面目に頭を下げるハルカに調子を崩されるのか、コーディは苦笑いする。
ハルカとしては、同年代の現役バリバリで仕事をしている人からの忠告だ、素直に聞かない理由はなかった。
「そんな風に丁寧にされるとやりづらいなぁ……。少し生意気なくらいだと、騙してやろうって気もおきるものなんだけど」
「仮にもオラクル教の偉い人がそんなこと言うもんじゃないと思いますよ」
横を通りかかったデクトに注意されたコーディは「騎士の人はお堅いなぁ」と呟いて自分の部屋へ荷物を置きに向かった。
久しぶりに手を込んだ料理をお腹いっぱい食べることのできた一行は、それぞれ早い時間に、自分達の割り当てられた部屋へ戻ることにした。
騎士やコーディたちは楽しそうに、お酒を飲んでいたが、少し前に禁酒を誓ったアルベルトに付き合って、ハルカ達は遠慮しておく。レオとテオも、酒を飲んで管を巻くフレッドに冷たい視線を送りながら、自分達の部屋に帰っていった。
そういえば割り当てられた部屋はどこなのだろう、とハルカは思っていたが、ずんずんと先導してくれるコリンに黙ってついていくことにした。
流石に宿内で迷うことはないようで、部屋の前にたどり着くとそれぞれ欠伸交じりに挨拶を交わす。
「あーあ、今日はゆっくり寝られそうだ。おやすみ、ハルカ、コリン」
「です、おやすみです」
「おやすみー、寝坊しないようにねー、アル、モン君」
少年二人が右の部屋、コリンが左の部屋に入る。ここにきてハルカは首を傾げた。自分の部屋が恐らく左であろうことはわかったが、若い女の子と同じ部屋になるなんて、コリンに申し訳なさすぎる。
精神的に四十をこえているおじさんは、その場でしばらく悩み、躊躇いながらひとまず右の扉を開けてみることにした。
「……どうしたんだ?」
アルベルトが心底不思議そうな目でハルカを見つめて首を傾げた。
「私の部屋って、こっち……じゃないですよね」
「当たり前だろ、女部屋は向い側。わざわざ分けてくれたんだから、その方がいいだろ」
「はい……、そうですね」
扉を閉めて、左の部屋に入ると、コリンが既にベッドの上でだらけていた。
「あれ、何してたのハルカー、今日は体ふいたらもう寝よ」
部屋に備え付けられた大きな木のたらいを持ち出して、コリンがハルカの足元においた。
「はい、お湯入れて。魔法って便利よね!」
言われるがままにウォーターボールを唱えて、その温度を少し上げる。旅を始めた頃にやってあげたら、味をしめたのか毎日のように要求してくるようになった。どうせ自分も使うし、しんどいわけでもない。若い女の子からの可愛らしい要求だったので、断ることはしなかった。
お湯を溜めて顔を上げると、コリンが上着に手をかけ、頭からずぼっと抜いているところだった。瞬間的にハルカは回れ右して、自分のベッドの上に正座する。
「……ん?何してるの、ハルカ。ハルカも拭いたら?」
「コリン、もう少し慎みを持ちましょう」
「何言ってるのハルカ!私エリさんに聞いたわよ、初日にほぼ裸みたいな格好で宿の中うろついてたって」
ケラケラと笑いながらコリンがそういった。知られてたらしい、こっそりハルカはショックを受けていた。
「……それは、記憶喪失後の混乱のせいです」
「あ、そっか、ごめんごめん。でもほら、いいじゃん女同士だし。私ハルカの胸がどれくらいでっかいのか、実物見てみたいんだけどなぁ」
「……ダメです」
「ハルカって結構お堅いよね、今なら私が背中を拭いてあげるよ?」
「遠慮しておきます」
ぶーっとコリンは文句を言いながら体を拭き続ける。なんだかいけないことをしている気分でハルカは居た堪れなかった。
そういえば日本にいた頃、部下の一人が、十五歳の姪っ子が毎日家に来て困っている、みたいなことを言っていた気がする。
今ならもうちょっと親身に話を聞いてあげられる気がした。彼がもし近くにいれば、若い女の子とどう付き合うべきかのアドバイス等をいただけただろうに。
ハルカは後ろから聞こえてくる水音にできるだけ耳を澄まさないように、元の世界のことをぼんやりと考えていた。
モヤモヤした気分ではあったが、疲れていたのかすぐに眠ることができた。翌朝はスッキリ爽快、体の疲れは何も残っていない。
帰りにはこの街の観光をしたり、遺跡に入ったりしてみようという話をしながら、アシュドゥルの街をあとにする。
幸い出発してから荒天になることはなく順調な旅が続いていた。
ところで、ハルカは街に泊まって思ったことがある。
ここに至るまで、集落のような村というものはあまり見かけなかった。
小さい規模のものでもしっかりと囲いがされており、そう言うところほど強そうな冒険者が常駐していたり、村民自体の体が鍛えられていて、強そうであった。
その理由はアシュドゥルを出て三日。
十五日目の宿泊予定である村に訪れた時に分かった。
ドットハルト公国と神聖国レジオンの国境が近くなると険しい山が増えてくる。
そこは山越え前の物資の補充のために立ち寄る予定の村であった。
少し小高い丘を下っていくとたどり着くと言われていたその村だったが、丘の頂上に着いた時に、コーディがデクトに声をかけ、進行を止めさせた。
何事かと全員が集まったところで、コーディが渋い顔で言う。
「デクトさん、これダメかもしれないねぇ」
目を細めて村のあるあたりをじーっとみたデクトも、その言葉にうなづいた。
「そうですね、これはダメかもしれませんね。どうしますか?」
「どうしようかなぁ……、嫌だなぁ」
あー、やだやだと呟きながら考えるコーディの姿に、ハルカ達は不安を募らせた。
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