四十六話目 グッドコミュニケーション

「あの、一瞬だけ遅れてくる二回目の舌打ちで心が折れたの」

「とどめ刺されるんだよな、あれ」


 すぐに復活したアルベルトとコリンがうんうんと頷いている。幼馴染なだけあって息がぴったりだ。腹が立つポイントも似ているのかもしれない。


「なにしてるですか?」


 何かをもぐもぐしながらモンタナが傍によって来る。両方の袖からベリー系の実のついた枝が飛び出しているので、恐らくそれを食べているのだろう。

 小さな実をみんなの手を取って一つずつそこに乗せる。分けてくれるようだ。ポイっと口に放り込むと、ハルカの口の中に酸っぱい味が広がる。ほのかな甘さも感じることができて、野草にしてはなかなか美味しい。


「いや、あいつら話しかけると舌打ちしてくるんだよ」


 後ろを指さしてアルベルトが憮然としてそういった。


「そうですか」


 それを聞いたモンタナは、枝から実をむしりながらそれを食べ食べ後ろの方へ歩いていく。双子はまた来たのかと思っているのか、眉根にしわを寄せてそれを見ていた。


「あげるです」


 モンタナは彼らに枝ごと差し出して、反応をじーっと待つ。受け取らずに待ってる間も、相手の正面に立ち、後ろ歩きでずーっと枝を差し出している。道が平らなわけでもないのに、器用に石や窪みを乗り越えながら歩いていた。


「危ないからやめなよ」

「転ぶ前にやめろよ」


 自分達より背が小さく、子供のような容姿をしたモンタナが、ずっとそんな歩き方をしているのを見ていられなくなったのか、双子は同じタイミングでそう言った。モンタナはやめる様子も見せずに、また枝を突き出した。


「おいしいですよ?」


 しぶしぶといった様子で双子の右側、テオと名乗っていたほうがそれを受け取った。そうするとモンタナがテオの横に並んで歩きだす。


「モンタナです」

「……そう」

「モンタナです」

「……ちっ、わかったよ」


 テオの顔をじーっと見つめてモンタナが繰り返す。


「モンタナです」

「ああ、もう、うるさいな!テオだよ!」

「よろしくです、テオ」


 うんうん、とモンタナが満足そうに頷いた。




「すごいな、あいつ」

「そうね。あとあんた、あとでモンタナの言うことなんでも聞いてやりなさいよ」

「なんでだよ」

「あいつらとちゃんと喋れる奴がいたら、何でもしてやるんでしょ」

「それお前との約束だからノーカンで」


 くだらないことを話している横の二人を微笑ましく思いながら、ハルカはモンタナの様子を見ていた。ハルカも双子たちに対してどう接したらいいものかわからなかったものだから、素直にモンタナのことを尊敬していた。子供は元気なほうがいい。





「何歳ですか?」

「十三歳だよ、お前は?」

「十六歳です、お兄さんです」

「は?そんなちっさいのに?」

「こんなちっさくてもです」


 確かにモンタナは双子より背が小さいが、そんなというほどの差はない。せいぜい五センチくらいだ。とりとめのない会話を繰り返すモンタナとテオに、イライラした様子でレオが言う。


「君、何でテオとばっかり話すの」

「一緒にお話ししたいですか?」


 モンタナに見つめられてレオはうっ、と身を引いた。


「したくないけど、なんか、おかしいじゃん、テオとしか話さないのは」

「僕はモンタナです」

「だ、だから何」

「……?モンタナです」

「れ、レオ、だよ」


 たじろいだ様子でレオが答えた。モンタナはいそいそと袖から残ったほうの枝を引っ張り出す。どうやってしまってたんだ、というような長い枝が出てきて、双子のみならずハルカ達も目を疑った。

 そういえばさっきから左の枝が入っているほうの腕だけは肘を曲げていなかった気がする。ずいっと差し出されたその枝を受け取ったレオは、その長い枝の扱いに困っているようだ。


「折っていいですよ」

「いいの?」


 モンタナはちょいちょい、とレオを手招きして、枝を返してもらい、短く折ってレオにまた渡した。


「ありがとう」

「どういたしましてです」


 テオが実をつまみ、口に入れながらレオの持つ枝を見る。


「なんか、そっちの方が立派じゃねえ?」


 レオが枝を隠すように、左手に持ち替えてテオをみた。


「あげないよ、僕がもらったんだから」

「別にほしいって言ってないだろ」

「仲良しですね」

「別に」「別に」

「ほら仲良しです」


 双子は顔を見合わせて、苦笑した。


「ずっと一緒にいるからな、他の兄弟よりは仲いいんじゃねえ?」

「まぁそうかも。モンタナ、話しづらいから真ん中に来てよ」


 モンタナを間に入れてしゃべりだした三人組。

 双子が年相応らしい笑顔を見せたりして、はしゃいでいる様子に、何事かとレジオンから来た一行も目を疑った。

 そわそわした様子で近寄ってきた騎士グループの一人、フラッドが小さな声でハルカ達に話しかける。最近の若い者はといっていたあの人だ。


「……あの、何やったんすか、あの子。俺たちも今まで色々話しかけたりしたのに、ずっと無視されてたんすけど。魔法でも使った?」

「いや、ホント魔法みたいですね」


 ハルカと二人してこっそりそちらを見てみるが、もう話すのに夢中になっているのか、こちらを気にしている様子もなかった。


「うーん、自分たちより年下だから気を許したのかな?」

「いえ、モンタナはもう十六歳ですよ」


 出会った翌月には誕生日を迎えていたモンタナは、やっぱりアルベルト達よりお兄さんだ。


「あんなにちびいのに?」

「フラッドさん、モンタナは気にしてないからいいですけど、そういうことを若い子に言うと嫌がられますよ?」

「うっ、気を付けます」


 注意されて気まずそうにフラッドが目をそらす。なんだかこの人が若い子とうまくいかない理由が分かった気がしたハルカであった。






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