四十話目 モンタナ=マルトーという少年

 モンタナ=マルトーは獣人族の少年だ。

 小さなときから自分に耳と尻尾が生えているのを不思議に思って育ってきた。なにせ両親にはそれがない。なぜ自分だけそんなものが生えているのか理解せず、漠然と、大きくなったら引っ込むのかなと思っていた。

 

モンタナの父はドットハルト公国でも有数の実力を誇る鍛冶師だ。

 プレイヌとの国境付近に工房を構え、境目にある山脈でとれた質のいい鉄を加工している。工房には防具店も併設されており、ここに来れば良質な装備を一式揃えることができた。各地の名人や貴人が一流の武具を求めて訪れる。


 ドットハルト公国は南に仮想敵国であるグロッサ帝国を抱えているため、国内の軍備の拡張が常に求められている。また、ドットハルト公は代々武に優れており、武の達人を好む気質をしている。


 良質な武器は良質な武人を育てるという観念から、ドットハルト公国は鍛冶師の育成もまた奨励していた。


 そんな国風の中で認められた一流の職人であるモンタナの父は、弟子をたくさん抱えていた。彼らは多分にもれず酒好きのドワーフが多く、酔っ払うとモンタナにもいろいろな話をする。


 ある日工房にきていた冒険者と酒を浴びるように飲んでいた時の話だ。工房を訪れていた者の一人が、なんで親子なのに種族が違うんだと酔っ払って大声でそんなことを言い出した。酒のせいで気分が良くなっていた古参のドワーフの一人が、うっかりと口を滑らせ、幼いモンタナがいる前で昔の話をしてしまう。

 

 そんなひょんな出来事によってモンタナは、自分が拾われた子で、獣人であることを知った。口を滑らせた本人は他の酔っ払いに小突かれて、しまったと慌てたが、モンタナはいつもと変わらない涼しい表情をしていた。そうか、だから自分には耳と尻尾が生えていたんだなと納得したのだ。

 とはいえ、両親と血がつながっていないと知った時、モンタナはまるで悲しくないわけではなかった。モンタナは父と母のことが大好きだったのだ。


 モンタナの父は頑固で、威厳があり、常に厳めしい顔をしている。モンタナはそれをまねして顔にむむむっと力を入れてみるが、うまく顔に皴が作れない。ただ練習していくうちに、驚いたりしても動じず、涼しい顔を保つことができるようになっていた。


 またモンタナは冒険者や武芸者の話を聞くのが好きだった。彼らはモンタナが乞うと、武器が手に入るまでのしばらくの間、自分の冒険譚や武勇伝を喜んで話してくれる。誰だって自分の誇るべきことは人に話したいものなのだ。

 目を輝かせて聞くモンタナに、幾人かは剣の手ほどきもしてくれる。訓練方法や様々なテクニックを教わったモンタナは毎晩、自分なりにそれを行い技術を身につけていった。いつか自分の血のつながった両親を探してみようかな、と漠然と思ったのもこの頃だった。


 ところで、ドワーフ族の手先は器用だというのはよく知られている。

 小さなころからトンチンカンと鉄をたたく音に慣れ親しみ、汗を流しながら武器を成型をしていく姿を見続けて育ったモンタナは、いつか自分も鍛冶師になるのかもしれない、と思っていた。そんなモンタナに、弟子たちが休んだ後や、起きだす前のわずかな時間、父が鍛冶の仕事を教えてくれていた。


 父は驚いていた。

 モンタナが教える前から秘奥といわれるような技術を理解していること。そして自分の動きそっくりにハンマーを振るうことに。

 体格や力は足りないが、その動きは十分に売れる商品を作れるほどのものだった。父は興奮し、ほんの少し違う部分や、ずれたタイミングを修正するために、何度も何度も手本を見せた。

 モンタナはその技術を、砂漠に水がまかれたかのようにあっという間に吸収した。父は自分の息子が天才であることを理解し、その才能を伸ばすべく毎日夢中になった。


 ある日弟子の一人が、鍛冶に向き合う小さなモンタナと、自分の仕事そっちのけで息子につきっきりの親方を見て、ため込んだ怒りを爆発させた。

 自分の息子だからと言って贔屓をしすぎだ、自分たちはモンタナが来る前からずっと一緒にやっているのに、そんな風に教えてもらったこともない。獣人族にいくら教えたってドワーフのような素晴らしいものが作れるものか、と。


 親方はがりがりと頭を搔いて、難しい顔をした。

 確かに最近付きっきりだったし、それは良くなかった。モンタナの作った作品を売りに出していなかったのもまずかった。息子の作った作品を売るのがもったいなくなってしまい、倉庫にきれいに並べてしまっていたのだ。そのせいでモンタナの作ったものを見たことがない一部の弟子達は、モンタナのことをこんなに付きっ切りで教えられているのに、碌なもの一つ作れないやつだと思い込んでいた。


 話が紛糾した結果、父の弟子である男の一人が、モンタナと勝負をさせろと言ってきた。同じ素材で、同じ型の剣を作って、自分の方が優れていれば、モンタナにつきっきりになるのは金輪際やめろというのだ。

 申し出に悩む父親の姿を見て、モンタナは嫌だなぁと思っていた。


 モンタナは天才だった。専門家というタイプではなく、何でもこなすタイプだ。弟子たちの言うことも理解できたし、この勝負におそらく自分が勝ってしまうこともわかっていた。

 その結果長年いい関係を築いてきた親方と弟子の関係にひびが入るだろうこともわかったし、負けた弟子が、ここから去って行ってしまうだろうことも見えてしまっていた。なにより自分が慕って来た兄のような人たちが、まるでモンタナを憎んでいる様に、怖がっている様に見えて、悲しかった。


 小さなころから、モンタナを邪険にせずに構ってくれてきたいい人達だったのだ。

 調子に乗って何かボタンを掛け違えてしまったのだと思った。


 勝負に勝ってもよくない、わざと負けても父が悲しむ。どうしようもなくなって、モンタナはぽつりと呟いた。


「鍛冶は、うまくできなかったですから、今日でやめるです。ごめんなさい」


 小さな声ではっきりとそういって、モンタナは深く頭を下げて家の中へ引っ込んだ。

 父は難しい顔をしていたし、勝負を言い出した弟子は慌てたような表情でモンタナを呼び止めたが、モンタナはそのまま戻ってこなかった。


 このあと、モンタナは鍛冶場に顔を出すことをやめた。


 モンタナは利発な少年だったが、これ以降あまり人に積極的に接していかなくなった。たまにどうしたらいいかわからない、という顔をした弟子たちが、モンタナに近寄ってきても、モンタナはささっと姿をくらました。

 これ以上彼らに近づいて、彼らを見てしまった時、そこに負の感情を読み取ってしまうが怖かった。モンタナは鈍感になろうと努めて、下を向き人の顔を見ないことにした。




 家の中で過ごしていると退屈で、たまにこっそり鍛冶場を覗いてしまう。もちろんばれないように気を付けてだったが。

 何かやることがないかと思っていた時、石の山の中にきらりと光るものをいくつか見つけた。今までは鉄ではないそれがどこに行くか気にしたこともなかったが、気にしてみてみれば、様々な色をしたものが混ざりこんでいる。

 削ったら綺麗な石になりそうだった。




 父に許可を取り、人のいないうちにこっそり綺麗な石を集める。

 部屋に戻り一人でかりかりとその石を削る毎日が始まった。


 一年が過ぎ、二年、三年が過ぎたころ、モンタナはすっかり宝石の加工が得意になっていた。初めて自分の納得いく指輪を作ることができたとき、モンタナは嬉しくなって、父と母にそれをプレゼントした。

 父はふんと鼻を鳴らしそれを指にはめて顔をそらした。本当に気に入らなければ身に着けたりしないし、はっきりというのが父だった。モンタナは父が照れて喜んでいる顔を見られたくないだけだというのをわかっていた。

 母はそれと対照的に大いに喜んでモンタナを抱きしめてくれた。ここ数年すっかり鍛冶場に顔を出さなくなり、引きこもりがちになったモンタナを心配していたのだ。立派に新しいことを身に着けていたモンタナに、感極まって涙まで流していた。



 十四歳になったモンタナは、いつもの通り、一人部屋にこもってアクセサリーを作っている。一人一人の顔や性格を思い浮かべながら、それをたくさんたくさん作って、そうして十五歳の誕生日に両親にそれを渡した。


 迷惑をかけてしまったが、お世話になった弟子たちへのお礼だった。いつか自分の勇気が出て、鍛冶に対しての未練がなくなったら、昔みたいに楽しく話せるようになりたかった。

 それから父と母に伝える。


「冒険者になって、世界中を回ろうと思うです」


 両親はモンタナがいつもこっそり剣の訓練をしているのを知っていたし、いつかそんなことを言い出すかもしれないと覚悟はしていた。

 母はやっぱり別れを惜しんで、笑ったり泣いたりした。

 父は相変わらず仏頂面をしていた。

 出かける朝、父はモンタナに一振りのハンマーを渡した。古いがよく手入れされたものだ。


「それは、俺が親父から受け継いだハンマーだ。大したものじゃねえが、子供が一人前と認めたときに渡すことになってる。挫けたりするな、遠慮なんてするな、我慢するな、決めたことは成し遂げろ」


 すごくすごく怖い顔をして父がそういった。


「それから……、それでも、どうしてもだ。どうしても辛くなったら工房に帰ってこい。簡単に逃げたり諦めたりしちゃいけない。いけないが、それでも……、俺はお前が生きてる方がいい。お前のための帰る場所くらい用意してやれる。後悔の、ないようにな」


 それだけ告げると父は、くるりと後ろを振り向き工房へ戻って行ってしまった。

 ただモンタナはわかっていた、あの恐ろしい表情は、父が泣きだしそうなのを我慢しているだけだって。


 モンタナは歩きだす、自分も泣きそうになって、上を向きながら歩いた。

 街から出るあたりで、呼び止められる。よく知った声だった。モンタナと勝負をしようとしていたあの弟子だ。


「おい、何も言わないでいなくなるなんて薄情じゃねえか」

「……です」


 体をこわばらせて、少し小さくなった。顔を上げられなかった。何を言われるのか怖かった。モンタナは彼のことが嫌いじゃなかったからだ。


「……お前の方が俺より才能があるってわかってたから、俺はお前に引導を渡してもらおうと思ってたんだよ、あの勝負でな。あそこで俺が負ければ他の奴らも何も言えなくなっただろうに。せっかくいい腕してるのに、すっかり顔も出さなくなりやがって……。あげく逃げ回ってそのままいなくなるつもりだったのかよ」


 彼は近づいてきて乱暴にモンタナの頭を撫でた。


「おかげで諦めずに頑張らなきゃいけなくなったじゃねえか。……辛い思いさせただろ、悪かった、本当に悪かった。ずっと謝らなきゃいけなかったのに、散々逃げ回りやがって。でも大人からこんなに長いこと逃げ回れるんだ、きっといい冒険者になれるだろうぜ、頑張れよ」


 ぽろぽろと涙があふれてきて、モンタナは乱暴に撫でる彼の胸をたたき、距離を離した。ずびっと鼻をすすって、街の外へ歩き出す。


「いわれなくても、頑張るです。鍛冶師になるより、有名になって、そのうち武器作ってもらいに来るですから、せいぜい腕を磨いておくです!」


 後ろから聞こえてくる泣き笑いの声に見送られながら、モンタナは十数年ぶりに声を出して泣いた。

 モンタナの冒険者への第一歩は涙と共に始まった。

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