三章 遠征
三十九話目 準備
次の日の朝目が覚めたとき、けろっとしていたのはハルカとモンタナだった。
ハルカは昨日の夜のことを忘れていたわけではなかったので、寝起きはごろごろと羞恥心に苦しんだが、結局すました顔をしてみんなの前に現れた。大人の処世術と言うやつだ。あとはコリンにからかわれないこと祈るしかない。
ハルカはもともとそれほど酒に弱いほうではなかったし、変な酔い方などしたことがなかったので油断をしていた。
体が変わったことによる変化なのか、それとも気の許せる仲間と一緒に飲んだせいだったのかはわからないけれど、今後酒量は控えようと思う。
一方で足に重りでもつけられたかのように、頭を押さえながらのそのそと現れたのはアルベルトだった。
「アル、あんたお酒控えなさいよ?」
「わかってる、ちょっとうるさい」
立ち上がって注意するコリンに、苦い表情で返事をするアルベルト。
「うるさいってなによ!」
「やめて、ごめんって、やめてくれ、頭がいてぇんだよ」
頭を押さえながらいつになく弱気なアルベルトが、椅子に身体を投げ出しながら謝った。どうやら重度の二日酔いで頭痛が酷いようだ。弱った姿にそれ以上責め立てる気もなくなったのか、コリンも椅子に座る。
「この調子じゃ今後の話はまた夜になるかしら?」
「そうですね、ちょっと休ませてあげましょう」
「じゃあ今日は買い物行くわよ。携帯しやすい食糧とか、野営に必要そうなものでも見繕いましょ?」
「わかりました、私は詳しくないので色々教えてください」
食堂でぐったりするアルベルトを置いて、二人は立ち上がる。静かにしょりしょりとヤスリで石を削っていたモンタナは一瞬ちらっと二人の方を見たが、またすぐに作業を再開した。
「ほら、モン君もいくの。あなたが一番一人旅に詳しいでしょ」
「行くですか」
いつもはハルカとコリンだけで買い物に行くことが多いから、自分はお留守番と思っていたようだ。慌てて道具や石をぽいぽいと袖の中に放り込んで立ち上がった。
「俺、部屋で寝てる」
「あ、ゆっくりどうぞ」
ハルカの返事に振り返りもせずに、アルベルトは自室へとぼとぼと歩いていく。普段の元気さを考えたらよっぽどつらいのだろうと推測できた。
コンパクトにまとめられた調理器具を見て回る。ハルカはその中でも特別丈夫そうなものを手にとった。
重量はあるが、これならばしばらく使っても壊れそうにない。まるで鈍器のような質感をしている。背中に背負うリュックサックに括り付ければ、それほど運ぶのに不便もないだろう。とてつもなく力持ちになっているハルカにとって、重いというのはデメリットになりえなかった。持ち手もしっかりしており、安定感がある。
「うわ、ハルカそんな鈍器みたいなの買うの?」
「ええ、丈夫そうでしょう?いざというときには武器にもなります」
ハルカが軽い気持ちで冗談交じりにそれを振ると、ブォンという鈍い風切り音が店内に響く。何事かと店員が顔を出し覗き込む。
「それ当たったら人が死ぬわよ」
「いや、そんなまさか……」
そうは答えたものの、自分でもそんな気がして強くは否定できないハルカだった。
ふと振り返ると、モンタナが店内の刃物類をみて、爪先でつついたり、光に充てたりしながら品定めをしている。彼が買い物に出て商品をじっくり見るのは珍しい光景だった。刃物の扱いは丁寧でこなれていた。
「モンタナは刃物が好きなんですか?」
まるでモンタナを危ない人認定しているみたいない言い方になってしまった。言葉に出してから反省したのだが、モンタナは気にした様子もなく答えた。
「父が鍛冶屋だったです」
持っていた包丁をもとの位置に戻し、二人の方に振り返る。
「だから他人の打った刃物も見てて面白いです」
「へぇ、モンタナもやっていたんですか?」
そういえばモンタナはドワーフに育てられたと言っていたのを思い出しながらハルカは尋ねた。ドワーフと言えば鍛冶屋というのは定番だ。手先が器用で、力強く、炎に強い。
モンタナはドワーフの息子であったけれど、拾われた子で、みるからに獣人族だ。もしかしたらあまり聞くべきではなかったかもしれない。そう思ったが、モンタナは意外にも嬉しそうな表情をしていた。
「僕も鍛冶するです、施設さえあればできるです」
どうやらモンタナと両親との関係は良好だったようで、モンタナは誇らしげにそう答えた。齢十五で鍛冶もする、宝石加工もする、戦闘もこなせば、斥候のようなこともできる。随分と多才な少年だった。
「じゃあ、いつか鍛冶屋を継ぐんですか?」
「んー……、しない……かもです」
珍しく返事に悩んでおり、結局首をかしげてそう答えた。
「アクセサリーを作るほうが得意ですし、今は冒険者してるです。自分を生んでくれた人探すのも目的ですけど、冒険者をずっとやっていくのも楽しそうです。見たことないものと戦ったり、面白い人と会ったりできるですから」
「モン君がたくさんしゃべってる…っ」
コリンが感動したようにそう言って、えらいねえらいね、とモンタナを撫でまわした。モンタナが嫌そうな顔をして、しゃがんだり、その手を押し上げたりしている。
「僕の方、が、年上、です」
彼は彼なりにプライドがあるらしい。パーティの中では一番背が小さいので、つい末っ子扱いされがちだ。ハルカはそういえばモンタナの方が他の二人より年上だったなぁと、そのじゃれあいを見ながら思い出していた。
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