十三話目 世界のお勉強
「今回講師を担当する三級冒険者のエリ=ヒットスタン。冒険者としての心構えや基本的な事項について話すわ。質問は最後に受け付けるので、その時にして」
エリはほんの少しの間何かを言いたげにヤマギシの方を見つめていたが、やがて首を振ってそう切り出した。ヤマギシは痴漢の冤罪から免れたような気持でほっと一息ついていた。痴女行為については冤罪ではなかったが。
前置きが終わると彼女はこの世界の冒険者について語りだした。
ヤマギシはメモの準備をして重要そうなことを書き出す準備をした。獣人の少年もごそごそと袖の中に荷物をしまい込んだし、男女二人も真剣な面持ちでエリの話に耳を傾けた。
ヤマギシはエリの話を頭の中で整理する。
まず冒険者について。
等級については以前聞いたとおりだった。
制度面の話よりも、どちらかといえば活動についてのアドバイスを多くされた。
冒険者をしていく上で、何か制度の見落としがあり失敗したとしても、よっぽどのことがない限り降格するくらいのものだ。
それに対して冒険者として現場で仕事をする場合、知識が足りていないと簡単に命を落とすことがある。難しい依頼になれば猶更だ。命を捨てるつもりがないのであればきちんと話を聞くように、とエリは最初に話した。
エリという少女は、ここにいる面々とさほど年も変わらないだろうに、説明はわかりやすく、ヤマギシはすっかり感心していた。
冒険者の依頼は大きくいくつかに分けられる。
討伐・探索・護衛・労働だ。
労働、というのはわかりやすく言えば派遣労働だ。例えば簡単なものだと、買い物代行であったり、どぶさらいであったり、壁の修繕や引越しの手伝い、重いものの運搬などがそれにあたる。一番安全で、ただまあ、下働き程度のお金しか手に入らない仕事だった。
もちろん信頼が重なれば、大きな仕事を任されることや、難しい仕事を頼まれることもある。ただ、そういった場合は冒険者をやめて、そちらに直接雇用されることが多かった。つまり冒険者になって信頼を稼ぎ続けるというのは、身分を持たない者たちが成り上がるための手段の一つでもあった。
残りの三つには共通点がある。
戦闘力が必要になってくるという点だ。
冒険者として名をはせるためには、ここで大きな仕事をする必要がある。
この世界には人と、それ以外の種族がいる。
人として認識されているのが、人族・獣人族・ドワーフ族・小人族・そしてエルフ族だ。長い歴史の中争うことはあっても、それなりに仲良くやってきた種族たちだった。これらは遥か昔に創造の神によって生まれた種族だと言われている。
一方で破壊の神によって作られたといわれている種族たちがいる。それらは人族同様に国や集落を作り生活を営んでいるが、性質はより攻撃的で、破壊的だと言われている。彼らをまとめて人族は【
この北方大陸にもルインズが跋扈する地域は存在する。
最北の氷の大地に住む体の大きな
プレイヌの東、山岳地帯とその間の盆地、そして森林地帯から海にかけて大きく広がる地域に存在する混沌領がそれだ。
さらに南方大陸よりさらに東に進んだところにある大陸には
はるか昔には人と
当時の時代は神人時代と言われ、今よりずっと文明も進んでいた。そのわずかに残された遺跡に潜って探索し、今の時代に役立つものを見つけるのも、冒険者たちの仕事の一つである。
ここ独立商業都市国家プレイヌの首都プレイヌは、湖に面した広大な都市であるが、もともとは神人時代の大きな都市の上に作られており、地下にはその広大な遺跡が眠っている。冒険者や商人たちは競ってその遺跡を探索し、街を発展させ、この国を大きくしてきた。
話は変わり討伐についてだ。
この世界には深い自然がたくさん残っており、当然、人や
竜は人にすぐ懐く小型のものから、扱いは難しいが人と共存する中型のもの(移動手段などに活用されている)、さらにただ思うままに活動し、人を食する野生の獣と同じような生態を持つ大型のものがいる。
伝承や、特級冒険者の話によれば、人語を操り、万年の寿命を持つ超大型の竜も存在すると言われているが、それらは人里には降りてこないため普通に暮らしていて出会うようなことはない。彼らは真龍と呼ばれ、討伐の対象とはなっていない。規模が大きすぎて積極的に討伐することが、自分たちの破滅につながるであろうことが容易に想像つくからだ。
こういった、人に害をもたらす魔物や
最後に護衛の仕事の話だ。
この世界の街の外の治安というのは、とても良いものとは言えない。自分の街や、その周囲の農村から出ることなく生涯を終える人だって少なくない。
一歩自然に踏み込めば人を喰らう魔物が歩き回っているし、大規模な戦争あとにはアンデッドが彷徨い、人里離れていけば
それがわかっていながら街の外へ出て、何かをしようというものは護衛を雇う。
街道を通るだけであれば、リスクは賊に襲われるくらいだ。
街道に関しては国がその兵士や冒険者たちを使って定期的に討伐を行っている。そうでないとすっかり物流が滞り、国の経済が停滞してしまう。
それでも街道を襲うような賊は小規模で、大した戦力を持っていないことが多く、戦うことを専門とした冒険者を数人雇っておけば襲ってきたりしない。大きな商家になれば信頼できる専属の護衛を雇っていることもあるが、これは信頼を得た冒険者を雇用しているというパターンが多かった。
ヤマギシは考える。
これはやはり単純な労働から、頭脳労働に切り替えていくのが安全そうだな、と。
街の外に出る話はワクワクするし、魅力的ではあるが、安全な国で長く暮らしてきたヤマギシにとって暴力は遠い世界の話であり、とても恐ろしく感じられた。
パタン、メモ帳を閉じる。ワクワクする心もそれと一緒に閉じ込める。本格的に冒険者活動をするには自分の性格は臆病すぎるのだ、と自身の気持ちに言い訳をした。ましてうまくいかなかった時の保証もない。とにかく無難に、無理なく生きていける方法を探るべきだ、いや、そうしなければならない。
話が終わり、勇む少年心を鎮めて立ち上がった時、後ろから声を掛けられる。
「ねぇ、ちょっとあなた、少し話聞いてくれない?」
講習中もひそひそと話し合っていた男女ペアの少女の方が、ヤマギシを呼び止めた。何事かな、と振り返ると、少年もまた、獣人族の子に声をかけていたところだった。
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