十二話目 新人たちの集い

 研修室へ入ると、一人用の机と簡易な椅子が幾つか部屋の端に積まれていた。ヤマギシはなんとなく学校の教室を思い出していたが、それよりもはるかにチープな造りのそれらを見て、あの学び舎との違いも感じていた。脈々と受け継がれた学校の机には落書きがあったり、削られた跡があったのを思い出す。それだけ長く使うことに耐えうるくらいには、良い品だったのかもしれない。


 がたがたとテーブルを運び出し、正面と思われる方向へ向けて、椅子に腰を下ろした。テーブルを運んでいるときに、なんだかそれがやけに軽く感じたため、変わった素材で作られているのかと天板を拳でこつこつと叩くが、普通の木のような反響がかえってきた。特にもろい素材のようにも思えなかった。これももしかしたらこの若い体がそう感じさせているだけなのかもしれない、とヤマギシは無理やり自分を納得させていた。


 時間はあっているはずだが、しばらくの間部屋には誰も現れなかった。ここの世界の感覚では、正確な時刻がわからない分、鐘の音を聞いてから集まり始めることが多い。しかしそれを知らないヤマギシは自身が時刻を間違えたのか、はたまた部屋を間違えたのではないかと、一人でそわそわと立ったり座ったりを繰り返していた。


 しばらくそうしているとようやく扉が開き、一人の少年が入ってきた。

 年のころは13,4くらいか、クリクリの大きな瞳をして、黄緑色の髪は視界に邪魔にならない程度に切りそろえられている。腰には短めの剣と、反対に何故かハンマーをさしていた。長く丈があっていないように見える袖はダボついて、手首の辺りで広がって、萌え袖のようになっていた。なによりヤマギシの注目を集めたのはその頭にある耳と、たまにゆらりと揺れるふさふさした尻尾だった。もしかしなくても、獣人という種族なのだろう。

 少年はジッとヤマギシを見つめてから、机と椅子を後ろから運び、人一人分くらいの間隔を開けてヤマギシの隣に座った。時折左の袖が机やいすにあたり、かつんかつんと変な音を立てている。どうやらあのダボついている部分がポケットのようになっている様だ。

 獣人の少年はごそごそと袖の中に手を突っ込むと、机の上にいくつかの綺麗な石を並べて、じーっと見比べていた。マイペースな性格なのか、そのうちの一つを選ぶと、ハンマーとノミのようなものを取り出して、机の上でかつかつと石を削り始めた。果たしてここは本当に研修室であっただろうか、とヤマギシはますます不安になった。


 それから2,3分待つと今度は先ほどの獣人の子と同じくらいの年頃の、男女のペアが入ってきた。大きな声で話しながら。


「ホントにここであってるの?」

「大丈夫だって、ほら、後ろの方に机と椅子がいっぱいあるって言ってたじゃんか」


 後ろに重ねておかれているそれらを指さして少年が、つかつかとそちらに歩いて行って、机を二つ重ねて持ってくる。


「コリンは椅子持って来いよな」

「はいはい、珍しくちゃんと目的地までつけたわね」

「そんなに迷ってばっかりじゃないだろ!余計なこと言うなよな」

「5回に1回は目的地に到着しないんだから、それは立派に方向音痴よ」

「うっさいな!コリンに任せたら10回に1回もつかないだろ、俺の方がまだマシだ!」

「代わりに私は料理ができるもーん」


 ワイワイと部屋が急ににぎやかになってきた。よくしゃべるものがいるだけで部屋の雰囲気というのはだいぶ変わるものだ。

 茶髪の剣を腰に付けた少年と、赤茶の髪をお団子にした軽装の少女だ。どちらも活発そうで、いかにも新人冒険者という雰囲気を漂わせていた。話を聞く限り、彼らも研修生なのだろう、とすればやはり部屋はここであっていたようだ、とヤマギシはほっと息を吐いた。


 あとから入ってきた二人組は、ちらちらと先にいた二人の様子を伺い、話しかけたそうにしていた。どちらもこの辺りでは珍しい種族というのもあり、気になったようだった。一方の二人はまるでそちらを見ようとしない。一人はカツカツと石を削り、もう一人はじーっとメモ帳を眺めてはめくっていた。


 ただヤマギシは二人がこそこそと話している声が聞こえていないわけではなかった。珍しいね、とか、強そうだとか、新人なのかなとか、そんな声が聞こえてくるが、別段否定的だったり、攻撃的だったりしないため、放っておいてもいいかなと思っていた。


「ダークエルフだよね…?」という声が聞こえた瞬間、ちらっと顔を上げてそちらを見ると、目を輝かせてワクワクしたような表情の二人組と目が合ってしまう。どうやらずっとヤマギシの方を伺っていたようだった。ようやく目が合ったことを機会にと思ったのか、少年が椅子から立ち上がった瞬間、ドアが開き最後の人物が部屋に入ってきた。


 彼女は机に向かわずヤマギシ達の前に立つ。


「4人、全員そろっているようですね。………あっ」


 杖を持った10代後半くらいに見える、青い髪を長くのばした少女は、椅子に座る面々を見まわして、ヤマギシのところで視線を止め、小さく声をこぼした。

 同時にヤマギシも心の中でアカン、と思っていた。


 今朝宿で、ヤマギシの痴態をじーっと見ていた少女がそこに立っていた。





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