八話目 ラルフ=ヴォーガンという男

 自分の半生は順風満帆なものではなかった。

 スリの子供を見送った時には、自身が小さな頃に、同じようなことをして半殺しの憂き目にあったことを思い出していた。

 それ以来、より慎重に、素早く事を運ぶように努力したもので、教訓としてはあの一件は大した効果を持っていたように思う。

 もしかしたらあの少年は自分がここで叩きのめさなかったせいで、いつかその命を落とすのかもしれないと思い、なんとなくそのことを口に出してしまっていた。

 口数少なく、表情もあまり変わらない、記憶を欠落させたダークエルフの彼女は、それを聞いて何を考えただろう。

 返事が戻ってこなかったため、ちらりと表情を伺ったが、やはりよくわからなかった。もしかしたら聞いていなかったのかもしれないが、何か考えている風ではあった。

 自分に悪い印象を持っていないといいな、と考えて、彼女に対するおかしな執着にまた気付かされる。

 なぜ甲斐甲斐しく彼女の世話をしているのか、彼女の好悪を気にしているのか自分でもはっきりとはしていなかった。

 もしかしたら魔力の奔流に失禁してしまったことを負い目に感じていて、こいつの弱みを握ってやろうとか、恩を着せてやろうとか思っているのかもしれない。

実際自分は恵まれない境遇で育ってきたためか、そういう選択をすることを厭うタイプでもない。ただそんなことをするくらいなら、裏路地に連れ込んで、油断しているところをぶすりとやってしまった方が早い気がした。

 それをしないのは、魔素を支配した彼女の姿が美しかったからなのか、あの肌をちりちりと焦がすような魔素の流れを本能的に恐れているのか。

 自分のことだというのに、やっぱり理解できなかった。

 いつも優柔不断な連中を、間抜けな奴らだと内心せせら笑っているというのに、曖昧で定まらない自身の心が煩わしかった。


 そんな調子だったから、彼女に直接目的を尋ねられた時も、取り繕うように説得力のない言葉を並べ立ててしまった。そういう側面もある、という様な言葉を連ねても彼女は無言で首を振る。

 納得のいかない様子の彼女に、言い訳をするように適当なことを言い募るうちに、おかしなことに気づく。

 

 もしかして、自分は本当に彼女に一目ぼれしてしまったのではないかと。

 たくさんの女たちと浮名を流してきた自分とはとても思えない情けない本音が口からこぼれ落ちる。腑に落ちてしまった。

 しかし彼女からは無情な言葉が返ってくる。


「期待しないでください。」


 まじめ腐った顔はやっぱり感情を読み取りづらい。


 ホントにとんだお漏らし君だ。

 上も下もゆるゆるすぎて自嘲の笑いが漏れ出した。

 初恋に気づいた瞬間お断りを受けた間抜けな自分の姿は、さぞかし情けないことだろう。彼女と出会ってから調子が崩されっぱなしだ

 そんなとこも彼女の魅力かもしれないと思った自分はおそらくもうしっかり恋に落ちて、手遅れになってしまっていた。




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