運があるだけ
シヨゥ
第1話
「今やるべきことをやり続けたらいつの間にか歳を食っていただけよ」
老兵はそう言って笑う。
「だから長生きするコツなんてもんは存在しねぇんだ。運だよ運」
そう言って紫煙を吐き出した。
「武器を運ばなきゃならん時に隣の奴はぶっ潰れて、その横でそいつの臓物浴びながらも生きている俺がいる。伝令で本隊に報告に行って戻ったら自分の隊が壊滅していた。なんてこともあったな」
どこか遠い目をした老兵はグラスを傾ける。
「走る位置があと数センチずれていたら、与えられた役割が違っていたら。そんなもしもをその時はいつも考えてあとから震え上がっていた」
グラスが勢いよくテーブルに置かれた。
「とはいえそんな風に思っていたのも昔の話だが。見つめるのは今。それを思う今だ。生きていることが結果だ。そう考えるだけで恐怖はなくなった。恐怖なんてそんなもんだ。生きるってそんなもんだ。どうだ? 参考になったか?」
「はい。とても」
「それはなにより」
話しの終わりを告げるようにサイレンが鳴る。
「飽きもせずにやってきたか」
そう吐き捨てるように言うと老兵は立ち上がった。
「行くぞ」
「はい」
老兵が宿舎を駆けだした。その瞬間、衝撃が走り吹き飛ばされる。立ち昇る黒煙に咽ながら立ち上がると地面が深く抉れていた。その縁に先ほどまで話していた老兵が辛うじて原型を残し倒れている。見るからにもう息はしていない。
『だから長生きするコツなんてもんは存在しねぇんだ。運だよ運』
あの言葉を物の数分で体感するとは思わなかった。恐怖に呼吸が浅くなっていく。
『見つめるのは今。それを思う今だ。生きていることが結果だ』
そんな折にも聞こえてくるのは老兵の言葉。喧噪の中で僕は自分を取り戻していく。生きる。そんなただひとつの目標を目指していもう一度。動き出すのだ。
運があるだけ シヨゥ @Shiyoxu
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