監視と思いの狭間で
「え……? え?」
「面倒くさい俺でもいいなら付き合ってくれ。いや、結婚してくれ。俺はお前が居ないと、だめだ。だめなんだ」
「あたし。えっと、わたし。わたしもその、しゅういちさんのことが好きです。でも、わたしでいいんですか? しゅういちさんならもっと」
言葉を遮ってシュウイチはかりんを抱きしめた。
「だから、言ったろ? お前じゃなきゃだめなんだって」
「でも、わたしこんな髪だし肌もがさがさだし太ってるし……」
「まあ後付理由はそこまでとして」
「え?」
シュウイチはかりんを抱き上げて頬を寄せた。
「笑顔だ。アサラが言った言葉覚えてるか? 覚えていないかもしれないからもっかい言うぞ」
シュウイチは一度息を吸い込んで
「かりん。お前の笑顔ははなまるだ」
そう言って頬ずりをした。かりんは自分の物だと言わんばかりにシュウイチは自らの臭いを擦り付けた。
「だから安心しろ。見てくれなんて気にしてない。お前の笑顔を護る為なんだ。お前が安心して笑顔で居られる場所を作りたいんだ。俺の、俺の隣で、ずっと、笑顔で居てくれ」
「しゅういちさん。泣いてます、よ」
「かりん。お前も、泣いてる」
ふたりとも涙でぐしゃぐしゃだった。
「だって、あたし困らせてばかりで」
「悩んだ時間も楽しい時間だった」
「何にも出来なくて」
「最初は誰しもそうだ。かりんは産まれが特殊だから当たり前だ」
「だって、だって!!」
「ほら、笑え!」
シュウイチはかりんの頬を摘んだ。
「ううう。だったら、だったら! しゅういちさんも笑ってください。あ、そう言えばしゅういちさんが笑った所ってあんまり見てないかも。わたしよりもしゅういちさんの方が笑顔の練習をしたほうが良いかもしれないですね」
「言ったな」
シュウイチは右の口角だけをあげて笑った。それはまるで怖いお兄さんだった。
「そう言う笑い方じゃないと思いますけど」
「どう言う笑いからなら良いんだ?」
「えっと、何と言うかふわっとして満足するような?」
「感覚は何となく分かるぞ。かりんの笑顔をみるとそんな気持ちになる」
「だったら練習あるのみです! お手伝いします!!」
かりんは背に花を背負ったような笑顔でシュウイチの胸に頭を当てた。
シュウイチはかりんが寝た事を確認するとアサラを呼び出した。
「なあ、アサラ」
「何だいきなり」
「笑顔って良いもんだったんだな」
シュウイチはそう言って笑おうとしたが表情は動かなかった。
「ほんっと何だよいきなり。あ、もしかしてかりんちゃん関連?」
「ああ、練習してる」
「そうかあ、お前がなあ……。それは良いが人前で笑うなよ。かりんちゃんか俺の前だけにしておけ」
アサラはそう言ってシュウイチの胸に右の拳を軽く当てた。
「なんでだよ」
「オレに良い。オレにお前の笑顔を独り占めさせたい」
「私利私欲かよ」
「まあそんな冗談は良いとして、いきなり笑顔満載になったらみんなが困惑するから少しずつ増やせよ」
「分かった」
「で? かりんちゃんとヤッちゃった?」
まだだが? と首を振るシュウイチにアサラは目を細めた。
「オレの時は早かったのになあ。まだ親気分がぬけてねえのか?」
「そうかもな」
「でも、近そうだな」
「ん?」
「なんでもねえよ。お前が安らげる場所が増えたのが嬉しいんだよ。友人としても元恋人としても、な」
アサラはシュウイチに顔を近づけ話があんだろ? 俺に出来る事なら何でも言ってくれと鼻息を荒くした。
「かりんの事だ」
「かりんちゃんの?」
「俺、にんげんをやめようと思う」
それを聞いたアサラは狼狽えた。
「お、おおお、お前……! かりんちゃんにそれは」
「俺がオオカミだって事だけは話した。アサラ、お前俺の監視役だろ?」
「……、気付いて、いたんだな」
「ああ。オオカミだぞ。匂いですぐに分かったよ」
「そっか。オオカミはイヌだもんなあ」
「イヌと一緒にされるのは心外だが、まあいい。俺はかりんと結婚したい。仔が、かりんとの仔が欲しい。その為に、にんげんである事を、やめる。やめたい」
「そうか。お前の隣、かりんちゃんで埋まったんだな。そっかあ」
アサラは天を仰いだ。シュウイチが自分に好意を、深い好意を寄せていた事は知っている。判っている。解っていた。振り振られしてきた人生の中で今回の衝撃が1番大きいなとアサラは思った。
「すまん。1番はずっと、お前だと思っていたんだが」
「いや、いいんだ。俺もその思いの強さを知ってるから」
「すまん」
「あやまんなって。実はな、お前の人権を剥奪しろって言われ続けていたんだ。ずっとな」
シュウイチはえ? と間抜けな声が出た。
「上からさ。オオカミをにんげんの領域に放置するなって凶暴などうぶつを放置するなって早く檻に入れろって圧力がかかってた。それをオレたちが、オレが力の限り止めていたんだ。でも、かりんちゃんの為にお前が決意したんならそれでいい」
「すまん。本当にすま」
言葉を遮りすっとアサラの顔がシュウイチの視界に入り唇が重なった。それは舌を絡める濃厚な物だった。最後に唇を舐めるのは終わった証。
「ふへっ。久しぶりにキスしちった」
「久々だな。本当に」
「本当にお前って表情筋硬いよな。笑顔の練習してんのか? 実際のとこ」
「ああ、かりんに見て貰いながらな」
「くうう、お前から惚気話が聞ける日が来るとはなあ。あ、かりんちゃんにしっかり話をしておけよ、多分だけどすぐに許可が降りる」
「ありがとう」
「お? 笑ったな?」
「俺、笑ったか?」
シュウイチは自然に笑った。それは軛から解き放たれたシュウイチ本来の笑顔だった。
「いつだったかかりんちゃんには言ったけどさ」
「ん?」
「笑顔ははなまるだよ、シュウ。お前も」
アサラは笑顔を作ると椅子から飛び上がる様に立って胸を叩いた。
「オレの所に来い。オレの家に」
「そんな事、出来るのか?」
「許可は出す、出させる。オレの監視下に入るんだって無理やりにでもねじ込む。もう自由に外に出るられなくて寂しいと思うが……」
「俺は、あいつの、かりんの隣に居られればいい。もう、外は嫌だ。ひとりは、嫌だ。さみしいのは嫌だよ……」
アサラは大丈夫だ、かりんちゃんも俺もみんな居るからと優しくシュウイチの肩を叩いた。
「かりんちゃんに話、ちゃんとしておけよ」
「ああ」
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