移動販売

 銀時計から歩くこと数分で俺たちは公園に到着した。

「ええっと。今日はっと……」

 隣で歩く彼女は左右に目を走らせる俺を見ても表情を変えずにいた。

「あっ! ありました。あそこです」

 俺の視線の先には1台のワンボックスカーがあった。

 手を引き急いで駆け寄る俺に彼女は少し不思議そうな顔をしていた。

 ワンボックスカーからは列が少し伸びておりその最後尾に俺とれーこさんは並んだ。

 並ぶとすぐに女性がやってきたので俺は注文をした。

「煎りたて挽きたてってまだありますか? 2カップですが」

「2カップですか? 大丈夫ですよ。ちょうど2カップ分残っていたはずです」

「ありがとうございます。先払いでしたよね。これで」

「あら? 一度来店されていましたか?」

「いえ、話を聞いて来たので来店ははじめてです」

「そうなんですか、どうりで」

 おっと、重要な事を言い忘れる所だった。

「あっ、そうだ。アイス1ホット1で出来ますか?」

「大丈夫ですよ。ホットは気をつけて飲んでくださいね」

 俺から注文と料金を受け取り女性は車の方へ戻っていった。

「かかくん。ここって?」

「最近流行ってきている移動販売車ってやつです。ここはコーヒー専門ですよ」

「へえ、移動販売なんて今どき儲かるのかしら」

「ここは知る人ぞ知るって感じのお店らしいです。俺も聞かなければ知らなかったですし」

「聞かなければ? 誰からかしら」

「同僚です。コーヒー好きの男でして手製の地図を作っては布教活動していてですね」

「ふーん。近いから寄ったのかしら?」

「いえいえ。アイスならここだ! って自信満々だったので単に踊らされて、です」

 いくつか会話をしている内に列がはけて俺とれーこさんはそれぞれコーヒーを受け取った。勿論、彼女がアイス、俺がホットだ。

 

 この店はカップが少し変わっている。

 ホットでもアイスでもカップの表面温度は変わらない。

 特殊加工されていて、その容器代も料金に上乗せされているらしい。

 確かにホットなのに手に持っていてもほとんど熱くない。

 れーこさんのアイスと交換してみても同じくらいの温度だと思った。

 これにはれーこさんも驚いていた。

 そして、コーヒー。

 俺には苦く濃く感じて苦手なコーヒー。

 ここのコーヒーもご多分に漏れず俺には大変な相手だった。

 少しづつ流し込みながられーこさんを見る。

 彼女はアイスコーヒーを少し口に入れては時折目を閉じて考えいていた。

 なんだろうと観察していると急に目が開き。

「かかくん。私にこのアイスコーヒーは合わないわ」

 と宣言した。

「あなたの同僚さんとはお友達になれそうにないわね」

 とも。

 コーヒーなんてどれも一緒だと思っていた俺にとってはコーヒーの味がしっかり判る方が驚きだった。やはりれーこさんは俺よりずうっと大人だ。

「でも、こういう風に一緒に外で飲めるのはいいわね」

 ベンチに座ってブロンズ色のカップに入ったコーヒー片手にふたりで他愛もない話をしながらその日のデートは終わった。

 

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