APのバトル

 一日に何度もAPの試合開始の通知が来たが穹は観戦しなかった。試合が多すぎるので公式戦でAPが勝った時だけに絞り、試合がある程度長引いたり話題性が出たもののみ後でリプレイを見る。一応おかしな勝ち方をしたときの日時や相手の特徴も法則性がないか調べてみたが特に共通点はなかった。

 これだけ試合をしていて7回しか違和感ある勝利をしていないのだから確率で言えばかなり低い。張り付いて観察する気はないので、まあもう一回見られればいいなという気持ちでチェックしていた。ついでにアンリーシュの外で同じような事に気づいた人がいないか、それらしい書き込みなど探してみたがそれらしい意見はなかった。こいつ強すぎじゃね?という程度だ。


「意外に誰も注目しないな」

【人数多いですし。それに昔から人は応援よりけなす方が得意ですから。おそらくAPが負けた時が一番盛り上がります】

「あ、なるほどな。なあシーナ、俺がコイツと戦った場合って勝率どんくらい?」

【今の持っているスキルと穹の情報分析力でおおよその予想ですが、4割程度です】

「やっぱ勝てないか。このままダラダラ待つよりは吹っ掛けた方が速いかなって思ったけど、やっぱ場数も違うしな。んじゃあ気長に待つとしますか」


 そのままログアウトして出かける支度をする。一応ネットなどだけで稼いでいるわけでもなくきちんとバイトもしている。面白いと思ったものは続けるしつまらないと思ったらすぐやめるというスタイルだ。

 今も昔も肉体労働はきついがいい金になるしスーパーなどの商品陳列も意外に面白い。接客は腹立つことが多いのでやらない、あと一つの場所を長く続けるつもりもない。いろいろなことをするのが結構楽しいのだ。

 今の世の中人工知能が発達し、人が稼げる場所というのがかなり限られてきている。よほど優秀でなければ雇ってもらうのは無理だ。必然的に他人が嫌がる仕事やきつい仕事しか残っていない。そうなると引きこもるか自分で商売を始めるかとなり、違法な内容や届け出のない勝手な商売となっていく。


 穹が暮らしているのは都会と田舎の中間のような場所で治安が良かったり悪かったりとバラバラだ。街で子供たちとボランティアによって町の清掃活動がされているかと思えばすぐ隣に住んでいる男がバラバラ殺人で見つかったりもする。そしてそんな町を物騒になったね、世の中怖いねなどと語る住民はいない。ああまたか、という感想で終わりだ。気が付いたら誰かが消えているし、気が付けば増えている。人工知能の発達と普通ではありえない光景を生み出すVRの発達により人々は慣れてしまったのだ、非日常的な風景に。


 穹が今やっている仕事はゲームセンターの雑用だ。ゲームセンターという呼び名は残ったがネットカフェの進化版である。完全防音の個室が連なり中にはパソコンと最新型のヘッドセットやコンタクトパーツがあり、より臨場感のあるゲームを楽しむことができる。もはや筐体はなくなりヘッドセットや一枚の薄いディスプレイでゲームができるのだ。特に脳直結型ゲームはVRがすべてなので余計な機械は必要ない。

 そういった個室の客が食い散らかした後の掃除や機械の軽いメンテ、人手が足りない時はキッチンをやったりしている。ちなみにここのキッチンをやるようになって料理を少しするようになったので穹の中ではこのバイトは面白い方だ。

 仕事場に来ると店長からメモが残っており指定された部屋のヘッドセットをチェックしておいてほしいという。穹がそこそこ機材の扱いに長けているのは知っているのでこういった軽いメンテは穹に任せることが多い。

 ゲーム内の光を眩しと感じたり痛みを現実の体で再現したりと、何かと仮想空間での出来事を現実のように感じてしまう穹は人よりもVRの微妙な変化を調整するのが上手い。

 指示通りヘッドセットをいくつか見ると、おそらく客が自分で微調整したのだろうと思われる痕跡があった。設定を変えられないようロックをかけていてもハッカーはおかまいなしに自分の好きに変えてしまう。そういうのはただ設定を戻せばいいだけだから問題ないが、こうも毎日同じような作業があるといい加減うんざりしてくる。かといって穹が本気を出してロックをかけるとクラッカーが本気で破壊しに来るので「この店の管理チョロイ」くらいに思われるくらいでちょうどいいのだ。

 4つほど調整をして最後の一個を調整しようと頭につけVRを開始する。流すのは調整用に使用している映像、音楽のサンプルだ。これを穹がどう感じるかで調整している。


「……?」


 着けた瞬間おかしいと思った。あまりにも設定が厳しすぎる。かなり映像と音のリアルさが制限されているのだ。これでは普通の人は物足りないと思うはずだ、もっと派手にもっと音が臨場感出るように設定してあると客は喜ぶのだから。

 この設定で喜ぶのは、そう、穹のようにVR演出に過敏に反応してしまうような人間だけだ。


「あー、そっか、もしかしてお仲間かな」


 世の中いるもんだなあ、似たような奴が……などと、呑気なことを思ったりしない。穹はすぐに設定変更を終わらせて店の奥にあるコンソールから先ほどの席を最後に使った客の情報を調べる。その客の名前を確認してどのくらいの頻度で利用するのか、どの程度の時間利用するのか、何をプレイしているのかなどを可能な限り吸い上げる。あと20秒でバイト仲間が掃除をすると声を賭けに来る時間だ。吸い上げた情報はカフス型端末に赤外線通信で送っておく。終わると同時に休憩室に滑り込み、今休憩中ですという態度で水を飲んだ。


「うおーい、個室5から9番の掃除終わらせといてー」

「へーい」

 

 バイト仲間から声をかけられた時には必要な情報を吸い上げた後だ。何食わぬ顔で掃除用具を持って個室へと向かった。



 ああ、まただ。また、おかしな勝ち方をしている。こんな戦い方自分の戦い方じゃない。

 いつの間にこんなスキルをつけたのだろう?覚えがない、そもそも持っていただろうか。

 あの時も、あの時も、この間のときも。家でプレイするのが好きなのに、いつもこの店を使うときだけおかしな勝ち方をする。

 何故わざわざ店でプレイしようなどと思うのだろう?何故知らないスキルを持っているのだろう?何故、それを使っているのだろう。

 おかしい、何かがおかしい。アンリーシュを始めてからだんだんおかしくなってきている気がする。でもやめられない。

 何故……。



 バイトを済ませいつもならあちこち寄り道してから帰るが、今日は急いで帰った。家に着くなりカフスを取るとシーナを抱えたままパソコンの前に勢いよくスライディングをして到着する。


【落ち着いてください】

「落ち着いてられっか! もしかしたらすっげえ面白いモン見つけたかもしれないんだぞ!」


 興奮した様子で穹がカフスのリンク端末部分をシーナの目の前にかざした。シーナは目の部分から赤外線リンクを感知し、カフスに入っているデータを吸い上げる。


【店のデータですか。穹が違法行為をするのも久しぶりですね。12歳のときFBIと警察に2か月間追われたときに懲りたかと思っていました】

「いや懲りたけどさ。これくらいは大丈夫だって、ゲーセンの情報管理なんてザルに水通すくらい穴だらけだから。それよりデータ整理しろ、そいつが利用してた日時割り出してアンリーシュ内で80%以上該当する奴探せるか」

【10分ほどかかりますよ、何せ会員数多いので】


 言いながらもすでにシーナは検索を始めている。アンリーシュ内の検索システムと穹が作った独自の検索システム両方を使って調べているようだ。その間穹はアンリーシュにログインをした。


【穹、検索終了です。一人だけいました、この日時すべてアンリーシュで対戦をしているユーザーが】

「ほっほう、やっぱな。んで、ユーザー名は」

【APです】

「ほー」

【……】

「なんでやねん」

【あ、やはりそこまでわかっていたわけではないのですね】

「そんなことまでわかってたら俺は変人か変態だ」


 穹が興味津々でデータを持ち帰ったのはAPだと思ったからではない、特に深い理由もなく面白そうだと思ったのだ。自分と同じような体質を本当に持っているのならどんな戦い方をして、どんなことにアンリーシュを利用しているのか興味がわいた。そんな体質ならよほど金をかけてヘッドセットを調整しなければいけないし好んで戦いをしたいとも思わない。

 それなのに、店でデータを吸い上げているときざっと見ただけでも一度利用するとかなり長時間使っている。そこまで長時間バトルにこだわるのはどんな戦い方をしているのか、と気になった。ただそれだけだ。それなのに、まるで三流の映画や小説のようにお約束のようなオチがついた。


「うわあ、この時点で思いっきり萎えた。もういいやめんどくせ」

【そんなこと言わず。丁度もうすぐ試合始まりますよ】

「あー?ああ、本当だ。ヒマだし見てみるか。一応公式戦か」


 あと2分で試合開始だ。それほど気乗りはしないがテレビを見る感覚で観戦席に移動する。観戦モードはログイン時の穹のキャラなのでシーナはカフス型アクセサリとなっている。

 相手ユーザーの実力は戦績から言うとAPよりやや下だ。公式戦は同じランク内からランダムで相手が決まるので今回はAPがラッキーだったと書き込みは大盛り上がりだ。

 采が現れAPと相手ユーザーの紹介をすると会場が一気に盛り上がる。APも相手もパートナーをバトルキャラ指定しているようで画面上に見えるのはバトルキャラのみだ。APは格闘技キャラのような武器を持った人間型のキャラ。相手ユーザーのキャラは愛くるしくデフォルメされた猫のキャラだった。猫は服を着てどうやって持っているのか両手に拳銃を装備している。


「おお、なんか違う意味で面白そうだなこれ。あの前足でどうやってトリガー引くんだ」

【相手ユーザーに銃スキルはありません、基本殴ります】

「銃使えよ」


 突っ込みながらもシーナは穹が対戦相手をそれなりに気に入ったのだろうなと判断した。穹の体内チップとリンクしているので穹が今どんな状態なのかがわかる。一言で言えば、わくわくしているようだ。穹はああいう軽く突っ込みが必要なひねくれたものが好きだ。あとでこのユーザーを登録すると言いそうなので相手ユーザーのプロフィールなどを検索しておくことにする。


 采がゲームスタートを告げとうとう始まった。先攻は相手ユーザー、何かスキルを使用したようだが非表示になっているため何をしたのかはわからない。攻撃は銃を持って殴りかかってくる。その様子にどっと会場が笑ったようだ。今のヘッドセットにして音声設定を細かく設定しているので以前ほど大音量では聞こえない。不愉快にもならず心地よい音として穹は楽しむことができている。テンションが上がりながらも心地よさからのリラックス状態である事を確認したシーナはひとまず安心した。最近穹はストレスを感じることが多かったのだ。こんな時くらいはセオリー通り試合を楽しんでほしい。


 その後の試合はなんだかコミカルな場面が多く観客の笑いを誘った。APは至って真面目に試合をしているのだが、相手のバトルキャラがとにかく力の抜けたゆるい感じがして面白い。銃を持ちながら攻撃は銃で殴り掛かったうえ攻撃をミスして銃がどこかに飛んでいく、防御するときは鍋の蓋を構える、カウンター攻撃は親父にも殴られたことないのに!とよくわからないセリフを言いながらライフルで殴り掛かる。そのたびに会場から「いやだから撃てよ!」「お前親父いたの!?」と突っ込みが入りお笑いコントを見ているような気分になってきた。

 しかし実力の差は明らかで、面白おかしい試合内容でもAPが着実に相手のライフを削っている。APのライフはほぼ100%、ダメージを受けていなかった。あと2ターン程で相手のライフが尽きるであろう辺りに来ると周囲から「終わっちゃうのか」「ずっと見てたい」という声が上がり始めていた。


「人気出たな、こんな奴いたんだ」

【APが完全に道化ですね。今この場はあちらの独擅場です】

「どれだけAPがかっこつけたスキル使ってもこの場じゃシラけるからな」


 APが銃を乱射すれば会場から「ほら、ああいう風に使うんだよ!」と銃で殴るキャラに突っ込みが入り、APの真面目に戦う姿を茶化し始める者もあらわれる。対戦相手のユーザー名が「漆黒の貴公子ぽっちょ」というふざけた名前なのもまた笑いを誘っている。

 ぽっちょのライフもあと一撃しか攻撃を耐えられないであろうというところでぽっちょのターンがくる。すると観客にも見えるようにプレイヤーの会話が表示されるディスプレイが表示された。


《よくここまで追い詰めた。このままではワタシの負けは確実だ。だが勝負はこれからだよ! ワタシには必殺技があるのだから!》


 音声とともに文字表示もされ、会場のボルテージも一気に上がる。冷静に見れば追いつめるも何も最初から勝負などわかっていたし、必殺技というのは黙って使って相手の意表をつくものであって普通は高らかに宣言しない。しかしこの場の雰囲気は皆がぽっちょに期待している。どんなのだ、ふざけた技か意表をついて凄い技か。

 期待しながら皆が見守る中ぽっちょの周りに派手なエフェクトが現れ、本当に必殺技が始まるような演出をし始める。おお、というどよめきとともに固唾をのんで注目される中、ぽっちょのキャラである猫はクルクルと不思議なダンスを踊るとビシっとポーズを決めて構えた。そして。


《ゆくぞ! 我が必殺技! ロケットパアアアアアアアアンチ!!!》


 そう叫ぶと猫キャラの腕が派手に光る。おおお、とどよめきが起こるが穹はそうではなかった。


「っ!」

【穹?】

「くっそ、設定変えたのに眩しい」


 思わず顔をしかめたが目を細めてみていると猫の両足からけたたましい爆音とともに火柱が上がる。そして勢いよくジャンプすると足から噴き出した炎がそのまま猫を勢いよく空へと飛び立たせた。不規則な動きで飛び回り、ものすごい勢いでAPに向かって突っ込んでくる、右手をグーにして。

 その飛び立つ姿はまさにロケットでロケットパンチってそっちかよ! と会場内のざわつきが大きくなる。これ、決まったらかなり面白いしちょっとかっこいいんじゃないか!? と固唾をのんで見守る中、ついにぽっちょの攻撃がAPに炸裂する。見事な頭突きが。

 攻撃名守れ!!! ロケットパンチっつったろうが!!! と誰もが突っ込まずにはいられなかったしおそらくほぼ全員がつっこんでいた。ものすごい音を立ててAPに突っ込み、勢いよくそのまま押し続けてAPは思い切り吹っ飛ばされた。


 ―――なんだ今の―――


 攻撃が当たった瞬間、一瞬の出来事だった。瞬きする時間くらいだろう。誰も何も騒いでいないところを見ると気づいている者が他にいないようだ。

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