どう計算して勝った?

 スキル5つ使用、多少特殊な効果があるがすべて攻撃値依存のものばかりだ。割合攻撃も回避不可も持ってきていなかったのだろう。割合攻撃は普通に戦っていると不便だし回避不可も通常の回避なら自分たちの命中を上げてしまえばほとんど回避が成功することもないので選択肢に入れてもいなかったのかもしれない。

 スキルを最大限に使用することでこちらの回避運動をなんとか失敗させようとしたのだ。こちらが回避失敗すればシーナに大ダメージ、回避が成功したらシーナに能力上昇を与えるうえ次はシーナのターンだ。


「お? 俺次第で勝負決まるってやつ?」


 にやりと口元を歪ませると再び回避モードとなる。次の攻撃エフェクトは近距離攻撃、相手のキャラが2本剣をもって一気に突っ込んでくる。近接武器の攻撃はそのまま体術戦として表現されるようだ。これはシューティングゲームとはまた違った回避行動をとらなければいけない。人間の動きを参考にした攻撃は様々な応用がきくので非常によけにくいのだ。

 非常に素早い動きで止まることなく二刀流の攻撃が繰り出される。剣の長さもちゃんと計算されているらしく目測を誤るとかすりそうだ。かすろうが直撃しようが当たれば攻撃を受けたと判断されるので絶対に間合いを間違えることはできない。


 ―――しかしまあ、さすが回避あげてるせいもあって避けやすいな。攻撃モーションがコンマ6秒遅れて見える―――


 回避が上がるというのが具体的にどういう効果なのだろうと思っていたが、どうやら脳の処理能力にバックアップがつくようだ。普通の身体能力だったらあまりできないであろう、アクロバティックな動きをしても当然体に負担などでないので無茶な動きで避け続けることができる。ジャンプをすれば数メートル先まではねるし時速数十キロは出ていそうな速度で移動もできる。だからこそ動体視力と反射神経が優れていないと目が回って動きが止まってしまうのだが。この回避運動を使うには、いかに物事を冷静に見て情報処理を行えるかにかかっている。パートナーが使用禁止にされるはずだ、人工知能の得意分野だからだ。

 まるでワイヤーアクションをしているかのような大幅すぎる動き繰り返しつつ、穹は相手の攻撃パターンに規則性があることに気が付いた。


「なんだ、攻撃モーションって11種類の使いまわしかよ」


 そんな仕様にした運営側の問題なのだがパターンさえわかってしまえば避けられるに決まっている。このランクで回避運動してもこの程度ってことか、と急にやる気が失せたかのように心が冷める。もっとタノシイかと思っていたがとんだ期待外れだった。たっぷり1分、78回の剣撃をすべてかわし穹の回避判定が成功判断となった。

 そこまで考えてあれ? と疑問を感じた。俺、このゲームにそんなこと求めてたっけ?


「……」


 シーナのターンとなった。相手がスキルを使ってくれたおかげでさらに能力値が上昇できる。このターンが過ぎればシーナはアンチカウンター効果がなくなり通常に戻るが、十分すぎる。


【穹、10秒経過しています】

「あ」


 シーナに声をかけられハっとする。あと20秒でシーナの行動が強制的に始まってしまう。今、ぼーっとしていたのだろうか。軽いめまいのようなものを感じて小さく首を振った。


「スキル上昇をすべて攻撃力に振る。シーナは通常攻撃」

【了解。ライフルで攻撃します】


 シーナが銃を構え攻撃をする。1ターン目で使ったライフルのようなエフェクトではなく、貫通が上昇している影響でモーションが変わっていた。どういう仕組みだ、とつっこみたくなる。銃口から覗いているのは銛だ、これから魚でも捕るのかと言いたい。

 シーナが攻撃したのはチャットで伝えた、かばうスキルがある奴・・・ではない。最初の攻撃と一緒で全体攻撃だ。大量の銛が相手チーム全員にすさまじい勢いで降り注いだ。全体攻撃にかばうは使えないし、貫通の効果で全員防御値を無視して攻撃できるのだ。こんな得なことがあるならライフがもう少しで尽きる一人だけに攻撃する意味などない。先ほどお前を狙うと言っておいたのはもちろん嘘だ。冷静に考えれば最初にシーナが全体攻撃をしているし、ライフルは全体攻撃と単体攻撃が選択できることは常識だ。わざわざ宣言しなくても貫通が上がれば全体攻撃をしてくるなど普通わかる。ただ相手は相当焦っていたようだし、ひっかかるかなという軽い気持ちでチャットを使って煽ってみたのだが効果絶大だった。


 馬鹿か、ガキか、いずれにせよ狡い手段で袋叩きにするのが好きな連中であるなら弱い相手としか戦ったことがないのだろう。穹の実力は本来もっと上だ。弱いスキルしかもっていないといっても使い方次第だし、今回はアンチカウンターが完全にカギとなった。

 降り注いだ銛はほとんど命中した。当然だ、2割の確率で貫通ミスなど起こらない。しかも攻撃力を上げているのだ、かなりのダメージが通る。

 一番ダメージを受けていたかばうスキルがあるプレイヤーはライフが0になり、他のプレイヤーもライフが半分ほどに減った。かばわれること前提で組んでいるステータスならこれくらいは当然だ。


「さあて、このターンでシーナは通常に戻るとしてだ。あとは殴り合いかあ?」

【あちらの防御上昇効果もこのターンから無効ですし、穹の殴るスキルでもそれなりに通じそうですね】

「ま、普通に戦ってりゃあと2ターンでぎりぎりこっちの勝ちかな。俺にもダメージくるようにはなるけどしゃーない、盾役を潰せただけでもかなり得だ。仲間の回復役でもあったみたいだし、こいつら後はもう攻撃しかできねえだろうから」


 一応相手の行動パターンを考えていると、突然采が間に割って入る。


《チーム:ピリオド 降伏を宣言。このバトル、たこ焼き太郎チームの勝利》


 穹たちの目の前に勝利、と派手な電光掲示板が表示され試合終了が宣言される。


「ありゃ」

【たこ焼き太郎チームって嫌なチーム名ですね】

「つっこむとこそこじゃねーよ」


 バトルフィールドからフィッティングルームへと戻り今回の戦績が告げられた。チーム戦は加点方式でよりテクニカルな戦い方をするほど得点が高い。そしてこの時得たポイントがそのままアンリーシュで使える通貨に変換できるのだ。ただし降伏で勝敗が決まった場合は一定のポイントのみ入る。つまり負けを認めた方が相手にポイントをあまりとらせずに終わらせられる最後の悪あがきなのだ。その代わり負けを認めた方は負けのカウントが増える。負けカウントが増えてもデメリットは別にないのだがなんとなく嫌だという者も多く、降伏する派としない派がいる。

 今回穹たちはかなりの加点があった。チーム人数が相手より少ない中での勝利、活用したスキル率が高い、一回で強力な攻撃を使用している、などざっと映し出されただけでも40項目以上の加点があった。このまま続けて相手をすべて撃破していたらもっと加点されていた。そう考えるとあの場で負けを認めた相手の決断力は正しかったと言える。


「頭に血のぼって最後まで戦うかと思ったけど、そうでもなかったか」

【誰か冷静な人がいたのかもしれません。相手のチーム名、ピリオドなのですね】

「あー、あれドットじゃなくピリオドだったのか。まあ別にどうでもいいけど」


 弱い者になど興味はない。もともとレベルの違うところで戦っているのだから当然と言えば当然なのだが。贈呈されたポイントはとりあえず通貨に変換しておく。これ以上ランクを上げる気はないので、この通貨をリアルで売買でもいいかな、などと考えているとシーナが穹に声をかけてきた。


【穹、ピリオドを名乗るユーザーからメールです】

「さっきの奴ら?」

【いいえ。先ほど対戦申し込み者の中でピリオドを持つユーザーが4名いると伝えましたが、その最後の一人です。先ほどのバトルには参加せず観戦していたようですね】

「ふうん? ああ、もしかしてチームに降伏しろって指示したのこいつかな。ピリオド名乗ってるならリーダーか? うちの若ぇのが世話になったなオラ、みたいな内容?」

【いいえ。仲間にならないか、というタイトルです】

「あ、ゴミ箱行きなそのメール」

【59通来ています】

「めんどくせえ! 物量作戦好きなのこいつの方針かよ!」


 チっと舌打ちをしてどうするかを一応考える。無視してもめんどうだし応対してもめんどうだろうなとは思う。先ほど検索した感じではチーム人数は多くはない。こうして気になる奴を勧誘しているのだろう。

 利用できるとは思う、たぶん実力も頭の使い方も大したことない。金稼ぎに利用して、適当なところで切り捨てることもできるだろう。

 しかし公式戦で軽くハッキング行為をしたり自分たちではあまり大事に対処できないなどのデメリットがあまりにも多すぎることを考えると、使えそうで使えなさそうだなというのが正直なところだ。


【穹、メールが130通を超えました】

「そういうボットでも使ってんのかこいつは。わかった、一個開封しろ。どうせ開封したらウィルスで強制チャットとか来るんだろうけど」

【開封します。ええ、そうですね。拒否不可能なチャットが開かれました。ウィルスソフトに反応あり】

「アホすぎる。シーナ、クラッキング対策しておけ。たぶんこっちが条件飲まねえとなんか嫌がらせしてくるぞ。履歴追えるようにな」

【了解】


 しぶしぶチャットを見れば先ほどの試合はすごかったこと、今仲間を集めていて~といった内容が次々と表示される。相手が言いたいことをすべて出し切るまで待ち、こちらとしてはひとまず一般的な返しをする。

 チャットが閉じられないこと、ウィルスソフトに反応があること、勝手にチーム戦にされて不愉快だったこと。そのうえで仲間になる気なんてないと告げると、まったく悪びれた様子もなく強い奴を探すにはこれが一番手っ取り早かった、アンタはその実力があるすごい奴だと言ってくる。


「これ褒めてるつもりならこの馬鹿の国語の成績1だぞ。何で上から目線でいかにも評価してやるよっつー文面なんだよ」

【心からの賛辞でないことは見て取れますね。便利な道具がほしいのでしょう】

「人様に迷惑かけておいてよくこういう言い方できるよな。やめた、やっぱ救いようないわこいつ等。たぶんリーダーもチームもリアルでガキじゃね?」


 バイトなり仕事なりすれば一応取り繕う術は身に着ける。相手に何かをしてほしいなら本当に相手を立てる言動をしなければ相手の心を動かすことなどできない。それを知らないのなら長年外に出ていない引きこもりか、本当にただの子供だ。

 適当にチャットを続けていたが、そろそろ対応しようかというときある一文が目に留まった。


《必死すぎじゃね。何でそんなにチームに引き込みたいんだよ?》

《噂聞いたことない? アンリーシュの裏バトル》


 裏バトルについて穹は聞いたことがなかった。もともとあまりファンの間で盛り上がれるような内容の掲示板などは見ていないので今ゲーム内で何が流行っているのかも知らない。


「シーナ、裏バトル調べろ」

【了解】


 シーナは一瞬で検索を終え要点をまとめて報告した。その内容を知ったうえであえてとぼけてみる。


《知らね、何それ》

《なんかさ、あるらしいんだよ。特別なバトルフィールドってやつ?公式は否定してるんだけど、参戦したってやつがたまーにいてさ。チームも個人も両方あるらしくて、勝つと結構稼げるらしい。非公式で勝手にやってる賭けとかとは違って金の単位が一桁違うんだよ。どうやってそのフィールドに行くのかはわかってないけど、俺見つけたっぽいんだよね。その行き方》

「ふーん」


 得意げに語る内容はシーナが調べた結果と同じだ。嘘は言っていないようだ、行き方を見つけた云々はどうだか知らないが。


《ああ、それで強いのが必要だと。確かにさっきの奴らじゃ話になんねえしな》

《そうそう。あのスキルってオリジナルだろ? お前自分でスキル作れるんだったらそれも使えそうだしさ》


 やはり他人を便利なツールとしか見ていないようだ。要するにお前もいつでも切り捨てられる駒として利用させてくれと真正面から言っていることに気づいていないのだろうか、こいつは。

 ふむ、と少し考えてからこう返事をした。


《ああ、考えてもいいよ》

《マジか! じゃあ俺の》

《この後の事を対処できてまた俺に連絡取れればな》


 そう打ってログアウトする。チャットが切れないだけでログアウトができないわけではない。ウィルスは駆除を始めているしすぐに解除されるだろう。


「シーナ、運営に通報しろ。ハッキング、いや、もうクラッキングだな、無理やりチーム戦にされたんだから。クラッキング行為を確認、ウィルスメールの送り付けと迷惑行為多数ってことで、相手ユーザー情報添付して」

【そうするだろうと準備完了していました。通報します】


 シーナが通報すると1秒とたたずに運営から連絡が来る。穹が詳細を報告し早急に対処しますという返事がきてあっさりと通報は終わった。シーナが送った通知に証拠をいくつかつけていたから手っ取り早かったのだろう。

 アンリーシュはハッカーやクラッカーが多いことなど運営が一番よく理解している。通報からのハッカーやクラッカーの対処はかなり力を入れており、高機能な人工知能をこの対処に組み込んでいるらしい。悪質なクラッカーは警察に引き渡されることになっていて、有力な情報や逮捕に貢献した通報は懸賞金まで出ているのだ。アンリーシュ、警察両方からでるので通報で稼ぐものもいる。ただし、報復や逆恨みも買うので個人情報を守ることに相当気をつけなければならないのがネックだ。相手はハッカーなのだから、自分も同じくらい実力がなければならない。今回奴らは格下のようだったが。


「一応これも稼ぎにはなるからな。自分たちが通報されることで稼がれるって思わねえのかね、こういう奴らって」

【相手も自分と同じ考えを持っていると決めつけていますからね。物事を多角的に捉えられないのなら、穹の言う通りまだ子供なのでしょう。自分の主観でしか物事を考えられない、チームには一番向いていないタイプですね】

「俺らちょっと凄いしかっこいい、って調子乗って勘違いしたクチだな。そんなのを19人もよく集めたもんだ。こいつら全員逮捕されたら、19人分謝礼でるかな?」

【一件いくらだと思いますよ】

「だよな。ま、晩飯代くらいにはなるか」


 言いながらヘッドセットとパーツを外して仰向けに寝転がる。ふわふわと飛んできたシーナが腹の上に乗り、少し間があいてから穹に問いかけた。


【穹、一つ質問があります】

「なに」

【先ほどのバトル最初、1ターン目で私に防御しないようにと指示を出したとき。何故ライフが半分残ると言い切れたのですか。どのような予測をして? 私の演算ではできませんでした】

「……」

 

 シーナに問われて穹は先ほどのバトルを思い出す。始まるときどんなスキルを持っているとどんな行動パターンがあるか考えるのは穹の癖だ。アンリーシュにログインしてロクに戦ってなかったが、オリジナルスキルなどには興味があり片っ端からあらゆるスキルの内容を調べてシュミレーションするのが好きだった。これは生かせるかな、と思いランクが低い相手にスキルを使った戦い方のコツを有料で提供し始めるとさらに没頭し、戦略を代行する取引を始めたのだ。するとそれに目をつけた他のユーザーが真似をし始めたので穹はさっさと戦略代行から身を引いた。こういうのは真似されたらもはや自分のものではない。

 スキルからある程度の行動を読むことはできる。考えることはだいたいみんな同じだからだ。ただ、先ほどのバトルで穹ははっきりとライフが半分残るからという答えを導き出した。あれで予想外のスキルがあって攻撃力がもっと高かったら半分どころではなかったはずだ。

 問われて数秒、穹は沈黙した。そして。


「……なんでだろうな」


 ぽつりと独り言のように、本当に思わず漏れた本音だった。


【穹らしくない回答ですね】

「どんな計算したか覚えてない。あの時はそういう答えにたどり着いたはずなのに」

【そうですか、では追及はしません。穹、一度休んでください。今のバトル、回避を2回実施したので脳への負担が大きいです】

「……ああ」

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