片思いの鍵

夏木

片思いしている人だけが使える秘密の鍵



 失敗した。失敗した。失敗した。



 少女――メイは1人、トイレの中で頭を抱えていた。


 それもそのはず、メイは2年も片思いし続けている彼こと、ハヤテに、最悪な印象を持たれてしまったのだ。


 事の発端は、10分ほど前。

 教室で友人と談笑しているときだった――



 ☆



「あのモデル、なんか自分可愛いって思ってそうじゃない? なんかきらーい」



 仲のいい友人が切り出した話題。そのモデルとは、最近になってしばしばテレビにも出ている人物のことだった。



「わかるー私もー。仕草とかが、何かね。馬鹿っぽいのが可愛いとか思ってそう」



 何気ない話。メイもいつも通りに、軽く聞き流して頷いてしまった。それが始まりだった。



「えー、俺、そのモデル、可愛くて好きなんだけど。おまえはどう思う? というか、どういう人が好きなの?」



 急に会話へ男子が加わったのだ。


 この男子、レンのことは、別にこれっぽっち気にもしていない。しかし、その隣にいるハヤテこそが、ずっと思いを寄せる相手だった。


 1年生のときからずっと彼を見てきた。

 どんな時でも優しい彼は、メイにも等しく接してくれた。



 例えば、体調が悪く、ふらついて階段から落ちそうになったときは受け止めてくれ、そして保健室まで運んでくれた。


 勉強がわからないといえば、教えてくれた。

 休日には、男女複数人ではあるが、一緒に遊園地に遊びに行ったこともある。


 メイはいつでも輝いて見えた彼のことが、ずっと好きだった。

 その彼が好きな子のタイプを言おうとしている。メイは少しだけ、緊張して答えを待つ。




「そうだなぁ……少なくとも、人をけなしたりする人は好きじゃないかな」



 つい先ほど、モデルに対して貶してしまっている。それを確実に聞かれているため、つまりは自分のことが嫌いである、そう言われている気がした。



「ごめん、ちょっとトイレに行ってくるね」



 そう言ってその場から逃げた。そして今、トイレの個室にて頭を抱えている。



(どうしよう、どうしよう? 嫌われちゃったよ)



 少しずつ好感度をあげて、告白しようと思っていたのに、今の発言で好感度はだだ下がりであろう。


 どうしたらいいのかもわからず、少女はただこもっていた。

 そこへ。



「やぁ。お悩みかな?」



 上から声がした。

 パッと顔をあげてみると、隣の個室の上から顔を出して、メイを見ている男がいたのだ。

 明らかに学生ではない男。口角を上げると、ギザギザの歯が見えた。



「ふぇ? へ?」



 ニヤニヤとした笑みを浮かべる男に、戸惑い、言葉がでない。


 なぜならここは、女子トイレであり、目の前の人物は男。さらに、普通ではない場所から声をかけられているから、驚きのあまり口をパクパクさせる。



「お悩みでしょう? 片思いしているんでしょう? やり直したいのではないですか?」



 メイの考えをよみとったかのように、男は言う。メイも思わずそのまま頷いてしまった。



「でしょう? そこであなたに素晴らしいアイテムをプレゼントをしましょう。さぁ、手を出して」



 男はどこから取り出したのかわからない何かを、上から落とした。


 急に降ってきたものをメイは何とかつかみ取る。


 おそるおそる手を開き、何が降ってきたのか確認する。


 それはアンティーク調の鍵だった。



「それはね、片思いの人だけが使える魔法の鍵。鍵穴にさす前に、どこの時間に戻りたいのかイメージするんだ。そして、その鍵をどこでもいいから鍵穴に差し込んで回す。するとビックリ。思った時間に戻れるのです!」



 いつもの現実主義で、慎重派のメイなら、そんな言葉を信じなかっただろう。だが、ピンチを迎えた今のメイには、救いの言葉のようだった。



「でも、1つだけ注意ね。それは何回でも使えるけど、1回使うたびに、片思いの人との大切な思い出が1つ消えてしまうんだ。だから、使うときはよく考えてね」



 メイはまじまじと鍵を見つめる。

 1度だけならば、1つだけ失うだけならば問題ないはず。今ならまだ、やり直せる。メイはこの鍵を使ってみようと思った。



「あれ……?」



 お礼を言おうと再び顔を上げると、そこに男の姿はなかった。



(まぁ、いいか)



 やり直せるのなら、やってみよう。

 メイはその場を離れ、鍵穴を探しに向かった。



 ☆



 近くにあった誰もいない鍵のかかった教室。

 その前でメイは目を閉じ、ぎゅっと鍵を握り締め、思いを込める。



(さっきの時間。あの会話をする前の時間にっ)



 パチリと目を開けて鍵を差し込んで回した。


 ガチャリと音を立てたとき、体が軽くなるのと同時に、目の前がぐらっと傾いた。


 気持ち悪くなりそうで、思わず目を閉じる。



 ――……



「あのモデル、なんか自分可愛いって思ってそうじゃない? なんかきらーい」



 聞き覚えのある声、そして内容が聞こえ、目を開く。

 するとそこは、あの、失敗をしたときの教室だった。



(……え? 本当に戻れた、の?)



 辺りを見れば、確かに同じ顔ぶれがいる。

 近くには、あの片思いのハヤテがいる。


 信じられない。時間が戻ったんだ!


 メイの心は弾んでいた。



「んー? どしたの?」


「ううん。何でもないよ。私はそのモデル、個性があっていいと思うよ」


「まじ? 変わってんね」



 今度は違う返事が出来た。それが嬉しくて、メイの心は弾んでいた。




「俺もそのモデル、可愛くて好きー。おまえはどう思う? というか、どういう人が好きなの?」



 やはり、レンがこの会話に加わってきた。そしてハヤテへと好きな子のタイプを聞く。

 先ほどと全く同じ流れ。だけど今度は安心して答えを待つ。



「そうだなぁ……少なくとも、人をけなしたりする人は好きじゃないかな」



 やはり同じ答えが待っていた。

 これなら自分の好感度も、下がっていない。メイは更に気持ちを弾ませる。



「何だよ、それー。他に好きな子のタイプはねぇの?」


「うーん、そうだなぁ……」



 メイはその先にどんなの答えがあるのかは知らない。緊張して、続きを待つ。



「レンみたいに、ころころ彼女を変えるようなのは好きじゃないかな。一途の方がいいよね」



(よかった……)



 メイは胸をなで下ろした。

 1年生のころからずっと片思いし続けているのだから、これを一途と言わずに何というのだろうか。今度は大丈夫だと、一息つく。



「あ、そうそう。頭のいいお二人に、お願いがあるんだけどさぁ、勉強教えてくれない? 明日、当たりそうなんだよね」



 友人がさっさと話を切り替えて、バッグから教科書とノートを取り出した。


 学年でも優秀な成績を修めるハヤテとレン。この2人に聞けば、わからない問題なんてないとまで言われている。



「どこどこ? うーん、これ、前にメイちゃんに教えたところと同じやつだね」


「えっ? 私、教えて貰ってないよ?」


「えっ?」



 メイの言葉にハヤテは驚いた表情を浮かべる。その反応を見て、メイも驚いた。



「だって、私、今までハヤテくんに勉強教わったことなんてないよ?」


「はぁ? メイ、この前めちゃくちゃ嬉しそうにしながら、『ハヤテくんに勉強教えて貰っちゃった』って言ってたじゃん」



 友人がメイの物真似をしながら言うも、メイはきょとんと首をかしげた。

 そしてすぐに、ハッとした。



(まさか、あの鍵で記憶が……?)



 トイレで出会った怪しい男に言われたことを思い返す。



(大切な思い出が1つだけなくなるって、こういうことなの?)



 周りとの話が合わない。

 ハヤテからは不信な視線を向けられる。これではまた、好感度が下がってしまう。

 メイは再び決意した。



「ちょっとトイレに忘れ物しちゃった。とってくるね」



 適当な理由を付けてその場を離れた。

 そしてまた向かったのは、鍵のかかった教室。



(大丈夫。大丈夫。まだ2回目だから。ハヤテくんに嫌われることだけは避けないとだから……よし)



 鍵を使う。

 そうすればまた、同じ曲がった視界がやって来る。それに耐えるように目をつむり、やり直しをした。



 この時のメイは、たった2回で終わると思っていた。


 でも、鍵を使うたびに食い違う話。


 嫌われてしまうのではないかという恐怖。それに負けて、メイは何度も何度もやり直しし続けた。




 やり直しし続けること、18回目。

 ついにメイに変化が訪れる。



(あれ、私、何のためにやり直していたんだっけ……?)



 ハヤテとの思い出がすっかりなくなり、何のためにやり直しているのかわからなくなっていた。



「ごめん、私、帰るね」


「え、ちょっとメイ! どうしたの、急に。あたしも帰るからさ!」



 何で学校に残っているのか。何か嬉しい気持ちもあったはずなのに、何も思い出せない。

 メイはそそくさと荷物を持って、ハヤテとレンをその場に残して教室から出て行った。



 ――……



 その足音が聞こえなくなるまで待った後、ハヤテの表情が崩れる。


 ニコニコとしていた顔から一変、悪巧みをするような怪しい笑顔を浮かべる。そして、口元をペロッとなめた。



「あいっかわらず、ハヤテはやり方がエグいよね。メイちゃんが可哀想」



 レンは机に座り、窓から見えるメイの後ろ姿を指差して言う。



「んなことねぇよ。レンよりかはマシだ」


「俺は純愛を食べてるだけですー。俺のこと、大好きって言ってくれるから、遠慮なくその思いを食べてるんで。ハヤテもどう? うめぇぞ」


「そんなのクソ甘すぎて食えるかよ。俺は甘酸っぱいのが好きなんだよ」


「それって、青春を食べてるようなもんだろう? エグいって。やっぱり俺みたいな……」


「お前のは甘過ぎるんだよ。吐きそうになる」



 ハヤテとレンは、人の気持ちを食べて生活する変わった種族だった。


 とっかえひっかえに彼女を作るレンは、その時の彼女から重たい愛の思い出を貰って食べる。


 一方特定の彼女を作らないハヤテは、自分に向けられた好意と一緒に存在する思い出を食べる。



 思い出を食べるので、その分その人の記憶がなくなる。そして周囲の人との記憶が異なるのだ。


 どんな思い出なのかによって、味が違う。

 甘党のレンに対し、さほど甘いものが好きではないハヤテ。

 それぞれ思い立った行動でお腹を満たしてきた。



「ハヤテの食事に付き合わされる俺の身にもなってほしいよなぁ」



 そう言うと、レンの姿がジワジワと変化していく。

 学生服から奇妙な服へ。見た目も少し高くなる。何よりもその歯が、ギザギザになっていった。


 その姿は、メイがトイレで見かけたあの男と同じだった。



「ああ、それは毎回助かってるって。だから、今度は甘酸っぱい思い出を食べてみろよ。準備してやるから」


「やだねぇ、準備だなんて。まるで女の子たちをもてあそんでいるかのようだ」


「まさか。所詮人間なんて、僕らの食事係だろう? 遊ぶんじゃなくて、物としか見てねぇよ。次はどれで、ご飯を作ろうかなぁってな」



 優しい少年ハヤトから一変、悪巧みをし、怪しい雰囲気を醸し出すハヤトへと変貌した。


 普段のハヤトからは想像できない発言。それを知っているのは、常に共に過ごすレンのみ。互いに悪魔のような表情で、人の気持ちと思い出を食い漁る。


 お腹を満たせば次の人へ。

 ハヤトの頭の中は、次はどうしようかなという考えでいっぱいで、メイのことなどどうでもよくなっている。



「くぅ~最高に狂った男だね、ハヤテ」



 ハヤテの考えを推測したのか、レンはにやりと笑うとハヤテへ言葉を投げる。



「お褒めの言葉、どうもありがとう」



 皮肉のつもりで言ったが、ハヤテも笑みを浮かべて言葉を受けとった。



「嗚呼。明日はどんな味がするのか、楽しみだなぁ」



 静かな教室に、ハヤテの言葉が溶け込んで消えていった。



 了

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