第35話<忘れていた感謝>1

「どうしよう‥‥、マジでヤバいな‥‥」

「何の心配しているんですか?」


珍しく歩くのが遅い健太の後を、ハカセとチビは不思議そうに追っている。


「もうじき野球部の試合する日やのに、音楽室に呼ばれてしもた」

「もしかして太鼓を返せって事ですかね?」


背負った太鼓を、ハカセは気に掛けるように見つめる。


「やっぱりそうなんかな~」


ため息混じりの困り顔で健太がつぶやくと「確率的に音楽室で呼ばれる理由なんて他に無いですからね」とハカセは冷静に事態を分析している。


「返せれん言い訳を考えるしかないな‥‥、壊れたとか!」


健太は笑顔ですっとぼけようとするが「弁償させられますよ」とハカセの的確な一言に、チビは思わず吹き出している。


「太鼓隠しといて、家に忘れた事にするか!」


いかにも閃いたというような表情で振り返る健太に「実際に返せと言われた訳ではないんでしょう?」と飽きれ気味のハカセ。


「でもな~、どうせ言われるに決まってるやろ~」

「きちんと頼んだ方が良くないですか?」


結局時間が足りず何の策も無いまま、三人は音楽室に着いてしまった。


「やっぱり頼むしかないか!じゃあ、入るで!」


音楽室の扉を目前にして、顔を見合わせた三人は覚悟を決めた様子で中に入る。


「失礼します」


音楽室内ではすでに練習していたブラバン部員数人が、珍しい三人の来客に何事かと注目している。


「あらっ、来たわね!それじゃあ、とりあえず座ってもらおうかな」


予想していたよりも明るく接する音楽の先生に、三人は面食らった表情のまま席に着く。


「それでは今から説明するので、練習を一旦止めて聞いて下さい」


部員達はそれぞれ弾いていた楽器を置いて、静かに話しを待つ。


「今日来てもらった三人は自主的に応援団を結成しているので、是非ブラスバンド部と一緒に野球部の応援をしたいなと思っています」


三人をまじまじと見つめブラバン部員達は、ざわめいている。

それ以上に驚いてる様子の三人は、一様に大口を開けたままでいる。


「という訳で、三人も一緒に応援してもらえるかしら?」


三人をまっすぐ見つめる音楽教師に、三人はまともに返答出来ず無言で頷く。


「良かった!良かった!では新しい仲間に拍手~!」


全員の気持ちを表すように、疎らな拍手音が音楽室に響く。


「とりあえず部員の皆には今までどうり、野球部を応援する為の課題曲の練習を続けてもらいます」


極端な変更の無い練習方法に、安心したのか部員達は一息つく。


「僕達はどうするんです、合同練習ですか?」


すかさず尋ねるハカセに音楽教師は「三人はどんな応援しているの?」と質問で返す。


「三々七拍子です!」


自信満々の大きな声で健太が答える。


「三人が応援してから課題曲をブラスバンド部が弾く形なら、試合前日迄は練習別でも良いんじゃないかしら」


三人が頷くと「決まりね」と音楽教師は笑顔を返した。

音楽室を出て三人は基地に向かうが、健太だけは何故か不機嫌そうな表情でいる。


「ブラバン部の顧問って音楽の先生だったんですね」


太鼓の件が問題解決したせいか、ハカセは嬉しそうに話し掛けるが「何かな~、俺達の方が先に応援始めたのに・・」と健太は不満げに呟く。


「でも良かったじゃないですか、野球部の応援出来るようになって」


ハカセは笑顔で宥めるが「やっぱり納得いかんな~!それやったら何で、みんな応援団に入らんかな~!」と健太は不服そうに口元を尖らしている。


「応援の仕方なんて人それぞれですよ」


それ程気にもしていない口振りでハカセは嗜めるが、健太の様子は一向に変わらないままだった。


数日後基地で練習を終えた三人は、思い思いにくつろいでいる。


「明日の合同練習楽しみですね」


ハカセの一言にチビは笑顔で頷くが、健太は苦笑いを返す。


「まだ納得していなかったのですか?」


健太の妙な様子に気付いたハカセが、呆れたように聞くと「俺は断ろうと思ってる!」と健太は決心したかのように断言した。

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