第10話 勇者side 伊勢崎幾真の嫉妬
篤哉がカルテと行動を共にしているころ、拝命を済ませた勇者たちは神殿の大広間に集められた。
城と呼ばれる建物は清月教の王都支部である【アジェル神殿】と政の場である【王宮】、王族の住居や有力貴族の屋敷が在る【貴住域】の三域に大別される。
王宮と神殿は地上と上層の渡り廊下で連絡している。
特別な許可を得たものだけが、王宮内の関を通って貴住域に踏み入れることができる。関を守るのは近衛兵の中でも選りすぐりの勁さと忠誠を併せ持つ者が担当し、それとは別に誰もその正体を知らない【影】が隠密裏に管理しているという噂がある。
この広間に集められた若い勇者たちは、城内の間取りなど知る余地もなく先導するヴィスタリアに追従するしかない。
床には金色の縁糸で刺繍された緋色の絨毯が敷かれ、天井には大小さまざまのシャンデリア。
壁には宗教施設らしい神秘的な絵画や彫像が飾られている。
翠色のカーテンは開け放たれ、茜色の夕陽が差し込み窓枠を型に影を形作る。
一同は部屋の中心に集められ、ヴィスタリアの話が始まった。
伊勢崎と凍雲が先頭に立ち、その他は付き合いのある者同士で何となく固まって聞いている。
鍋島はライトノベル愛好家のようで、クラス内のオタク三人組:
「静粛に願います」
金属槍を持った無骨な男に促されて沈黙させられた。四人とも、直に槍を見るのは初めてだ。文字列や画面越しに見るのとではまるで違う。月とスッポン、の譬えはこの国の人間が怒り出すからやめておいた方がいい。
「皆様、魔王討伐の大儀をお受け下さり感謝いたします。皆様には国民の、世界中の善良なる民の、そして神々の期待がかかっております。気負わせるつもりはありませんが、ゆめゆめお忘れなきようお願いします」
魔王討伐に関して意思確認などないままにすすめられたので受けるも何もないのだが、もはや何かを言える状況ではない。
伊勢崎幾真は、誰にも気づかれぬようそっと舌を噛んで悔しがった。
自身は人の上に立ち、導く立場だと思っている。傲慢でも自惚れでもなく、自他ともに認めているしそうありたいと思っている。そうあるための研鑽も怠ることはない。
人を惹きつける笑顔。嫌味を感じさせない口調。爽やかな身だしなみ。
幼いころから失敗と研究、そして実践を繰り返して身に着けた社会性、帝王学である。
だが、今回は突然の事態に頭も体も対処が追い付かなかった。
導くどころかクラスメイトと一緒になって混乱していた。
王から質問の許可を与えられたときに、言葉を発することも質問を考えることもできなかった。
それを、「彼」は当たり前のようにやってのけた。
授業中、わからない内容をわからないと言うかのような、軽い調子で言ってのけた。
悔しい。
馬庭篤哉という男が、嫌いだ。
社会性の欠片もない。いつでも超然としていて、関心も憎しみも好意も悪意も全て投げやりに
嫌われて当然だ。浮いて、弾かれてしかるべきで、実際そうなっていた。
その中で、気兼ねなく生活していける篤哉のことが、嫌いなのだ。
多勢に嫌われて、尋常な精神ではいられない。
本物の王族を前にして、平常心でいられない。
そんな事を平然とやってのける馬庭篤哉のことが、妬ましくて仕方がない。
でも、彼はこの場にいない。
いつものように、弾き出されてしまった。
いつものように、陰気な顔で、嫌味な口調で。
行ってしまった。
彼のようになりたいとは思わない。他人から疎まれたくない。
だけど、この心を蝕むのは確かに嫉妬だから。
嫉妬は、羨望から生まれるから。
「皆様、ご質問はございますか。なければ、今後の予定を説明させていただきます」
だから、伊勢崎幾真は手を上げる。
余計なことは、こちらから要求しなければ教えてもらえない世界のようだ。
(負けていられない。僕が、皆を導くんだ。そうしなければならないんだ!)
「ええと、伊勢崎幾真様ですね。どうぞ」
劣等感も、敗北感も、嫉妬心も、全ては向上心に変換して生きてきた。
今回も、超えてみせる。
「僕たちの目的を魔王討伐と仰いましたけど、具体的内容や目的の背景を理解していません。説明をお願いできませんか」
ヴィスタリアの美貌を正面から見据えて、堂々と言い切る。
隣にいる、クラスのアイドル………幾真が密かに愛する少女の瞳には、雄姿と映るだろうか。そうであってほしい。
そんな邪念も少しだけ滲ませながら。
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クラスメイトは、篤哉のことをどう見ているのか。その一例が、今回の独白です。
篤哉とカルテがどのように国を救うのか、勇者たちの魔王討伐の二つが物語の柱ですが、副筋の一つとしてクラスメイト達との関係も書いていけたらと思います。生徒全員の名前とキャラクターは作ってあるので、ちょいちょい出していけたらな、と。
勇者がメインの話には「勇者side」をつけるので、参考にしていただけたら嬉しいです。
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