短編
搗鯨 或
昨日の彼女と今日の私
「小説を書きなさい」
目の前に座る女が私に鋭利な言葉を突きつける。彼女と私と黒い家具がある、無機質でどこか寂し気な空間だった。彼女と私の間にある一枚の紙に目を向ける。握らされた鉛筆を固く握る。痛かった。
紙には沢山の物語が綴られ、重ねられ、黒く、鈍く、重かった。
その物語は彼女が作り出したものだ。
鉛筆をかたり、と置くと彼女は疑念の眼を向けた。
「何故、書かないといけないのですか」
苦し紛れに質問を返す。私の声がいやに部屋に響いて不快だった。
小説を書くことは楽ではない。終わりのない道を、一人孤独に目隠しをしながら歩いているようなものだ。今まで何本も筆を折った。それなのに、何故
「何故、私は書くのをやめないのですか――」
「あなたがそれを望んでいるからですよ」
そう、自嘲気味な笑みを浮かべて彼女は言った。一枚の紙につづられた文章が浮かび上がりじんわりと消えていく。それと共に、目の前の彼女も消えていく。
紙から黒が消えた。
彼女は昨日までの私だった。
そう⋯⋯書かずにはいられないのだ。
一人になったこの部屋で、私は鉛筆を堅く握った。
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