ママがいない。

ABC

リク

写真立て

オレにはママがいない。

父には、ママは生まれてすぐにオレと父を残して死んだ、と言われた。


まだ見たことのない母親の姿を心の中で必死に想像して描いている。どんな人だったのだろうかと。

オレは中学生だけど、多分オレの心は、まだ生まれたばかりで止まっている。オレがママ呼びをしているのはそれ故だろう。。多分これは染みついて治らない癖だ。

それに対して、中学生だが、父親のことを父と呼んでいるのは、きっとママとは存在が対照的になっていて、父が大きく見えているからであろう。


父はそれは結構な読書家だった。オレはそんな父を尊敬していた。

父はたまにオレに本を貸してくれた。でも、父は決してオレが部屋に入ることを許してはくれなかった。

だから、父が留守の時、好奇心に負けたオレは思い切って初めて、禁止されていた父の部屋に入った。父の部屋を見て、自分で本を選びたかったのもあるが、ママの物が何かないか知りたかった。いくらオレが聞いても、父はママのことを何も教えてはくれなかったから。ただ、死んだ、それだけだったから。


父の部屋はオレの部屋の何倍も大きかった。部屋の左右の半分を、想像をはるかに超える大きな本棚が天井まで占拠していた。そして、そこにはまたもや想像を超える量の、沢山の難しそうな本がずらりと並べられていた。医学書やら心理学書やらを含めた理系や文系などの本だった。

多分、父はその中からかろうじてオレが読めるような本を選んでくれていたのだろう。父は大人になった今でも継続して、本当に勉強することが好きなようだった。


ふと、父の机を見ると、写真立てがあった。オレは近づいて、それを覗いた。


その写真には若い頃の父と、若い女の人と、生まれたばかりの赤ちゃんが立って写っていた。男の子用の服を着ている赤ちゃんは女の人に抱っこされていて、父が手を重ねて、女の人と赤ちゃんを共に包んでいるような立ち方をして写っていた。スヤスヤと寝ていそうな赤ちゃんを持つ二人の顔は幸せそうだった。それは誰かに撮ってもらった第三者視点の写真だった。


若い女の人の髪の色を含めた一部の色が薄くなっていた。


「父は初婚だと言っていた……そして、父の息子はオレだけ……」


こ、この、赤ちゃんは……。


「この赤ちゃんは俺なのか……?」


じゃ、じゃあ……っ!


「この女の人は、ママ……? オレの、ママなのか……?」


オレは、初めてママの顔が映る写真を見た。


初めて見たママの顔……。


綺麗な人だと思った。写真の中でそう思うのなら、実際に会ったら、くらい綺麗なんだろうなと思った。


「……会いたかったな」


その言葉は、静かな部屋に寂しく消えていった。その言葉に、写真の中のママは何も答えなかった。当たり前だけど。そんなこと分かっていたけれど……オレと同じ目をもつママに一目でいいから……会いたかった。熱いものがこみ上げてきた。男の子は泣くな、と父に言われたのに。


オレは、今すぐにでも会いたいよ、ママ……。


写真を見るごとに、胸は締め付けられた。現実で、ではないけれど、やっとママに会えた。写真の中を想像して、オレは思いを馳せ、ひとときの幸せを感じていた。

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