第一・五部:のんびり日和

Chapter01:遠く離れたあの人を想う乙女

 火山地帯のど真ん中とだけあって、その城は他の城よりもずっと過酷な環境でさながら地獄のようだ。


 そう揶揄する人間は少なくなかった。もっとも人間と言う脆弱な存在であればそう垂れるのも、まぁわからないでもない、かもしれない。


 【灼嵐焔帝しゃくらんえんてい】――それがこの一帯を支配する魔王ファフニアルの異名にして、シルヴィのこの世で誰よりも尊敬する、最愛の母親の名前だ。


 今日も相変わらず、火山がどっかんどっかんと派手に噴火して、どろりとした溶岩が滝のように流れては辺りを熱気と炎に包み込む。


 今日はいい天気だし、なんなら何かとってもいいことが起りそう! シルヴィはテラスから離れるとそのまままっすぐと自室へと向かう。



「これはシルヴィ様、なんだか今日はとてもお顔が素敵で……。何かいいことでもありましたかな?」



 と、家臣に一人にそう尋ねられたシルヴィはニッと笑みを返した。



「これからライシのところに行こうと思うの!」

「はぁ、と言いますと魔王アスタロッテ様のところにですか?」

「えぇ、そうよ。あれからずっと会いに行ってないし、まぁたまに会いに行ってもいいかなぁって。ほら、ライシって結構寂しがり屋なところがあるじゃない?」

「左様にございますか。それはきっとライシ様もお喜びになられるでしょう」

「そゆこと。ところでさ、どんな服装ならいいと思う?」

「はぁ、それでしたら個人的にはこちらの方が――」



 ――なんて、アタシがアイツに会いたいがための嘘なんだけど。

 ――……ライシ、元気にしてるかな。


 先日の料理対決からここしばらく、シルヴィはライシと出会えていないことを物寂しく感じていた。


 ライシとは単なる幼馴染だ。この認識がすっかり変わったのは、やっぱりあの料理対決があった日からだろう。


 最後に見た日からずっとたくましく、力強く成長したその姿に一瞬でも見惚れていた自分に、シルヴィは羞恥心から頬をほんのりと赤らめる。


 控えめに言ってもかっこよくて、他の悪魔オトコが霞んで見えてしまうぐらい輝いていた。


 それ故にシルヴィにとって彼の周囲にまとわりつく五姉妹は、はっきり言って邪魔でしかない。


 妹の分際いくらなんでもくっつきすぎじゃない! 五姉妹のライシに対する感情はもはや異常以外のなにものでもなくて、こと長女のアリッサについては今すぐにでもぶん殴りたいと思えるほど、シルヴィは激しく憎悪している。


 すべてのきっかけは、アリッサにあった。


 記念すべき最初の邂逅の時もそう、アリッサが真っ先に突っかかってきて、そこから大喧嘩に発展している。


 ――アイツだ。

 ――あのアリッサさえいなかったら、今頃アタシは……!


 ライシの妹であるから辛うじて理性が残っているものの、完全に赤の他人であったならば今すぐにでも殺している。


 もっと親密な関係にきっとなれていたし、なんだったら先日のお茶会の時には恋人同士にまで発展していた可能性だって十分にあり得た。


 それをすべて、台無しにする五姉妹を許す日は多分、やってこない。


 絶対にライシを目の前で奪ってやるとそう一人決意するシルヴィは、等身大の鏡に映る己の姿に満足そうに微笑んだ。


 炎のように色鮮やかな赤が特徴的なドレスアーマーは、自画自賛ながらよく似合っている。


 付け加えるならつい最近新調したばかりの新品だ。


 汚れも破損個所もなし、正しく完璧と言って相応しいこの姿格好ならば、さしものライシもアリッサ達に目が向くことは恐らくあるまい。


 次こそは自分だけに夢中にさせると、シルヴィは意気揚々と玉座の間へと足を運んだ。



「ママ!」と、シルヴィ。

「ん? どうかしたのかシルヴィ」と、ファフニアル。

「ちょっと今からライシのところに行きたいんだけど……行ってもいい、かな?」



 おずおずと尋ねるシルヴィには一つだけ不安があった。 


 もうすぐ成人を迎えるシルヴィだが、ファフニアルの同伴無くして外出した経験が一度もない。


 もう大人といっても過言ではないし、ファフニアルの豪胆かつ豪快な性格を考慮すれば二つ返事であっさり了承もしよう。


 ただ如何せん、一人で外に出た経験がまったくないだけにどうしても不安と恐怖が勝ってしまう。


 ――外って、冒険者とかいるのよね……。

 ――ア、アタシ強いし!? ママの子供だし!

 ――だから全然冒険者とかと出会ってもへっちゃらだし!?

 ――……だけど。


 やっぱりまだ、ほんの少しだけ怖い。そんなシルヴィに対してファフニアルが「ふむ……」となにやら思案するような態度を示した。



「えっと……ダメ、かな?」



 と、恐る恐る母の機嫌をうかがうシルヴィにしばしして、ニッとファフニアルは不敵に笑った。


 なんだか嫌な予感がする……! すこぶるそう思ったシルヴィだが、とりあえずは母からの言葉を聞いてからでも遅くないはず。


 姿勢を正して、しかし一抹の不安を抱えながらファフニアルの言葉に耳を傾けた。



「ここは一つ、オレの盟友ダチに一度相談してみっか」

「……え?」

「シルヴィ、オレの盟友ダチの……いや違うな。愛しい男のところに行くのはちょっとだけ待ってろ」

「マ、ママ!?」



 明らかに何かを企んでいるのは明白で、しかし真相を明らかにしようとしない。


 ――絶対にこれやばいやつだ!


 今更もう遅すぎる。なんだか死刑執行を今か、今かと待つ罪人のような気がしてきた。


 高笑いと共に何処かへとさっさと行ってしまったファフニアルの背中を、シルヴィは呆然と立ち尽くして見送ることしかできなかった。



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今日からあとがき? っぽいものを書いてみることにしましたw

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また、カクヨムコンに向けてラブコメ × 異世界ファンタジー……【竜威拳-リューイーケン-~猿真似野郎と散々罵られた俺、最弱ドラゴンにスキル【ものまね】を使ったらいつの間にか最強の嫁ができてしまった件~】を同時進行執筆中です。


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