沈黙
「お待たせしましたー」
先程とは違う店員が、軍手をつけて火の点いた七輪を運んできた。
「置きますね」
テーブルの上に載せる。何も言わず、店員は去って行った。
「まるで焼肉屋みたいだね」
「そうだな」
兄はテーブルに置かれた注文用のタッチパネルを取った。
「何頼む?」
「なんか適当に」
「分かった」
しばらくして、テーブルに肉が並ぶ。座っていても料理が運ばれてくるのは快適である。
「私焼くよ」
嬉々としてトングを手にする。
食事の時、私はだんだん口数が少なくなる。兄もそうだった。同じテーブルについても、用事が無ければ話さない。
仲が良いから会話も尽きないというが、私はそうではないと思う。嫌いな相手とも世間話はするし、愛想笑いもする。相手の機嫌を損ねないように、相槌を打つ。互いに沈黙を許容することは、信頼だった。
そうして沈黙がテーブル一つ分の距離を埋めた後、私は一言、兄に聞いた。
「兄貴って、好きな人とかいないの」
前にも聞いた気がした。だからこれは半分冗談。残り半分も、きっと冗談だ。
「いないよ」
兄は、焼き網の端で生焼けのオクラを転がしながら答えた。
「お前は?」
私は――少し前まで、彼氏がいた。けど別れた。彼が、私のことを大して好きではないということに気付いたからだ。
私はどうだっただろう。たぶん、私も同じだった。
私から振った。兄には話したことがある。
「今はいないよ」
兄は視線を合わせずオクラを自分の皿に移し、最後の一個を私の皿に載せた。
「じゃあ、俺と結婚するか」
そう言ってから、料理も上手いし、と付け加えた。
これは本当の話だ。そして、私と兄は、兄妹だ。そこに、恋愛感情はない。
これも、本当の話だ。
私は返答を避けた。
「この店よく潰れないね」
兄は何も言わなかった。そして、網の上の肉が真っ黒に焦げてしまうくらいの時間が経ってから、兄は言った。
「俺が死ぬまでに潰れられたら困る」
私と兄が席を立つまで、新しい客が来ることはなかった。
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