異世界モノを書けば閲覧数が十倍になると聞いたので、今から取材に行ってきます。
@k_momiji
日記
取材に行ってきます
そう書き残して、私の兄は死んだ。
警察は失踪として処理した。
でも、私にはすぐに分かった。兄は、失踪したのではない。
自殺したのだと。
兄は、小説家を志していた。何度も新人賞に応募したと聞いたし、最近では小説投稿サイトなんかも使っていたらしい。
そうだ。兄はいつも、角の擦り切れた青いノートパソコンを使って小説を書いていた。
書いた小説を私に見せてくれたのは、たった一度だけだった。
なんでも、人に小説を見せるのは、頭の中を覗かれているようで恥ずかしい、ということらしい。
私にはよく分からなかった。
一度、出来心で兄がいない間に勝手にパソコンを見ようとした。しかし、それだけ小説を見られるのを嫌がる兄がパスワードの一つもかけていないはずはなく、私はパソコンをそっと元の場所に戻した。
兄は、きっと私がパソコンに触ったことに気が付いただろう。
それきり、私は一度も兄のパソコンを触っていない。
そして、今日がその一度目となる。
兄がいなくなった日。いつか見た青いノートパソコンが、テーブルの上にあった。私は画面を開き、電源ボタンを押す。パスワードは解除されていた。
ブゥンと鈍いモーター音。買った時は良い物だったのだろうか。今では、年季の入ったパソコンだ。質の悪いスピーカーから流れる起動音。そして、画面に表示される、たった一つのテキストファイル。
それ以外に、何も無かった。
真っ黒な背景。その真ん中、浮かび上がるように。
吸い寄せられるように。私はポインタを操作して、テキストファイルを開いた。
その中身は、たった一行。
『異世界モノを書けば閲覧数が十倍になると聞いたので、今から取材に行ってきます。』
この滑稽な物語を兄の代わりに公開してやろうかと思ったが、やめた。
あいにく、私は小説を書いたことがなければ、書き方も分からないのである。
だから、これは日記だ。
兄を異世界に亡くした妹の、一冊の日記帳。
ただ、一つ付け加えるとするならば――今から書くのは、紛れもなく本当の話である。
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