人は思い出の駅と呼んだ

そにを.tya

人は思い出の駅と呼んだ

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そこにはすべてが揃っていた。

飲食店から始まり、ありとあらゆる娯楽施設、スポーツジムや大人のお店、ゴルフ場や野球場までも。

人はここを「思い出の駅」と呼んだ。

この駅は来てくれたお客様に「思い出を振り返ってもらう」ことをモットーにしている。だから何でも揃っているのだ。

駅員さんは言う。「思い出をつくるためにすべての施設が備わっている」と。


僕はここで暮らしている。

いつからここにいるのかは知らない。気がついたらいた。

普段は道案内の仕事をしている。

ここで迷子になった人を案内すること、電車に乗り遅れた人を地下鉄乗り場に連れていくこと。これだけだ。


行き行く人たちを見ているうちに気づいたことがある。

毎日違う人が電車に乗るのだ。

駅員さんたちは毎日同じ人がいるが、この駅にいるお客さんは毎日違う人だ。同じ人を見たことがない。

思い出の駅にはこんなうわさがある。


『ここに一度訪れた人間は、二度と駅には現れない。』



僕は駅のホームで忘れ物がないかチェックをしていた。

すでに終電は出て、辺りは暗くなっていた。一方駅の内部は昼のように明るい。ここの駅は基本午前2時にならないと消灯しない。


僕はホームから伸びる線路の向こう側を見つめる。

「何があるんだろう・・・」

駅の外は海だった。線路は海の上へと続き、水平線の先まで伸びている。

僕は知りたかった。その先に何があるのかを。


昔、一人の駅員が線路の上を走って水平線を目指したという職員内での伝説があった。

おそらくその先に何があるのか知りたかったのだろう。あるいはあの『うわさ』を。

結局、その駅員は足を滑らせ海に落ちた。

そのときは全員で笑った。当の本人も笑顔で回収された。

その後、その駅員はどうなったかは知らない。おそらく遠くの部署に送られたのだろう。


そんなことを考えながらホームから自室に戻ろうとしたとき、一人の少女を見つけた。

僕と同じくらいの身長の少女だ。

「乗り遅れたの?」

僕が声をかけると、少女はおびえるように言った。

「私電車に乗れないの?」

「切符を見せてごらん」

切符を確認すると、日付は明日の終電までだった。

「明日には乗れるよ。この切符まだ使える」

僕がそう言うと少女は安心したようだ。ただ今度は僕の袖を引っ張る。

「何?」

「私、もう帰る場所がないの。電車が来るまで一緒にいて・・・」

ここにはホテルやマンガ喫茶もある。泊まる手段はいくらでもある。そう伝えたが少女は「一人じゃ嫌だ」いう。仕方なく僕は自分の部屋に案内した。



元管理室の一室。

僕はここを私物化している。家具は駅内から集め、仕事が終わったらここで過ごしていた。

「そこのソファー、使っていいよ」

「一緒に寝ないの?」

「え?うん。僕はイスで寝るから」

イスに座ろうとしたが、少女に引き留められ、ソファーに座らされる。

「眠くなるまでおしゃべりしようよ」

「おしゃべり?」


そうして僕たちのおしゃべりは始まった。

僕はこの駅での体験談を話した。こんなに広い駅だから毎日新しい発見がある。そんな発見の話をした。

一方、少女は何も話さなかった。自分のことは何も言わず、僕の話について質問したり、相槌を打ったりしていた。しかし楽しそうに話を聞いていた。

「ねえ、名前は?」

「名前?私はね、ティガード。あなたは?」

「あっ。僕名前がないんだよ。ほらここ」

胸元のプレートを指さす。

「『T300』。一応これが呼び名」

「T300?変な名前」

二人は歯を見せて笑い合った。


僕は誰かとこんなに会話したことがなかった。

少女が微笑んだり、うなずいたりしてくれるだけで心が踊った。

なんだかすごく変な気持ちだ。

僕の知らない気持ち。

この時間がずっと続けばいいのに。


しかし、気づかないうちに二人は疲れて眠ってしまった。



次の日になった。

相変わらず、今日も多くの人が行きかっている。

僕たちは駅のホームへと向かった。

ホームで待っている間、お互い何も話さなかった。

電車が近づいてくる音が聞こえる。

「私、友達がいなかったの」

少女が突然語り始める。

「学校ではいじめられていたし、家では優秀な弟がいたから居場所がなかった」

「だからここに来ても、何も思い出なんかなかった。私は友達が欲しいだけで、心に残る思い出も心に残したい思い出もなかった」

「うろうろしてるうちに切符の期限きちゃって。もう電車に乗ることもできないと思っちゃった。でもそしたらあなたが来たの」

「あなたとの会話、すごく楽しかった。多分、人生で一番。それだけでここに来た理由ができたの。とっても、とっても楽しかった」

電車が停車し、目の前で電車の扉が開く。

少女は一歩進むと振り返って僕の目を見た。


「最後に思い出をありがとう」


少女は電車に乗った。

そして扉が閉まろうとしたとき、僕は思わず叫んだ。

「また、会えるかな?」

少女は微笑んだまま、こちらを見ている。

電車は動き出し、海の向こうへと行ってしまった。

僕は電車が見えなくなるまで見送った。

僕は不安だった。

あの『うわさ』のせいで、もう会えなくなるんじゃないかと思ったからだ。



その日から道案内の仕事が退屈になった。

毎日新しい発見があって、楽しいはずの駅内探検もなぜか盛り上がりに欠けた。

気づけばいつも駅のホームにいた。

ここにいれば、また会えると信じていたからだ。

しかしあれから1週間、1ヶ月と経ったが、少女は現れなかった。

もちろんその間ホームにやって来た人も、毎日違う人だ。

線路の向こうにある水平線を見つめる。

「あの先には何があるんだ・・・」

きっとここよりいい場所なのだろう。この駅よりずっといい場所だから帰ってこないだろう。


『ここに一度訪れた人間は、二度と駅には現れない。』


知りたい。

線路の向こう側には何があって、ここに一度来た人はなぜ現れないのか。

そもそも僕は誰なんだ。

なんで名前もないんだ。

すべて線路の向こうに答えがあるのだろうか。

僕は駅のホームを離れ、『うわさ』の真相と自分探しに再び駅内を探検し始めた。



あれから1ヶ月ほど経ったが、何の成果も得られないでいた。

誰も僕の名前を知らないし、『うわさ』のことも知らなかった。

誰かが知っていると思い、見かけた駅員さんに片っ端から声をかけたがみんな口を揃えて「知らない」という。

おかしな話だ。

同じ職場で働いているのに、名前すら知らないのだ。

みんなプレートにある番号で呼び合っているので、自分の名前も知らなかった。

一部の話では駅長が知っているとでたが、駅長がどこいるのか誰も知らなかった。

結局、何も分からなかった。


今日の終電も近い。仕事を終え、自室に戻ろうとしたとき一人の駅員さんを見かけた。

あの人は最近やってきた新人だ。僕よりも大人の姿をしている。

おそらく何も知らないだろうが念のため声をかけた。

「こんばんは」

「こんばんは」

「D10023さん。僕のこと知ってる?」

「T300さん?確か道案内をしている・・・」

「そうじゃなくて、僕の名前とか。『うわさ』の話とか。いや、それより自分の名前ってわかる?」

「?」

この様子だとこの人も知らないな。

そう思った瞬間、駅員さんは言った。

「名前はわかんないけど、・・・調べてあげようか?」

「⁉ 調べられるの⁉」

「確か、俺が入ったときに職員名簿があったから、そこを調べれば名前だったらわかると思うよ。うん、いいよ。調べておくから明日またここにおいで」

思わぬ収穫だ。

「ありがとうD10023さん!!」

そしてウキウキなテンションで自室に戻り、晩御飯を食べてからソファーで眠った。


結論から言うと、次の日駅員さんが来ることはなかった。



3日ほど経ったが、D10023さんは来なかった。

周りの人に聞くと完全に姿が消えてしまったらしい。おそらく違う部署に異動されたのだろう、と言っていた。

仕方なく僕は、案内するお客さんにも聞き込みを始めた。

「おじさんはどうしてここに来たの?」

「思い出をつくるためさ」

「どんな思いで?」

「若い頃観た映画さ。それをもう一度観たいと思ってね」

「ここ以外の映画館やビデオはないの?」

「あるのかもしれないが、ここでしか観られないんだよ」

どういう意味なんだ。

しかしそこからは何も教えてくれなかった。何かを隠しているようだった。

あの少女もそうだ。自分のことはあまり話そうとしなかった。

なぜ?


何もわからないまま時間が過ぎた。

その間も何度もホームに足を運び、少女が現れることを待っていたが、来ることはなかった。

そんなある日、ホームから自室に戻ったとき、扉に何か挟まっているのを見つけた。

広げるとそれは手紙だった。


『「うわさ」も名前も知ってはいけない。 駅の地下8階に伝説の男がいる。彼に会い、ここから出ていけ。幸運を祈るT300 。   D10023』



伝説の男。

僕は間違いなく『彼』だと気づいた。

線路の上を走り、海に落ちて、職員全員に笑われた男。

おそらく彼が何かを知っているのだろう。D10023さんはどうなったのだろうか。

いろんな思いが脳をめぐる中、僕は彼のいる地下8階へと向かった。


地下8階は駅の裏方の仕事場だった。

直接お客さんに会うことがなく、駅の運営を中心に活動している部署だ。

そんな中で彼を見つけた。

伝説とまで言われる男だ。顔ぐらい知っている。

しかし彼は8階の中でも、最も暗い部屋で何かの紙を仕分けする作業をしていた。

「あなたがT295さん?」

「ん?俺にお客さん?・・・めずらしー!!」

暗い部屋にいるが、彼は明るかった。

「何かようか?」

「僕はT300です。その、話を伺いに来ました」

「そんな堅くなるなよォ。俺も久しぶりにおしゃべりするんだし、リラックスして話そうぜ。んで、何を聞きたいんだ?」

「あの、なぜT295さんは線路の上なんかを走ったのですか?」

一瞬、ほんとに一瞬だけT295さんの眉が動いた。

「退屈だったからさ。せっかく海があるし、みんなの注目集めるには線路は絶好の場所だと思ったからな。悪ふざけするには最高の場所だろ?・・・ま、おかげで今はこんなとこにいるけど。でもあの瞬間、俺は最高に輝いていただろ?」

確かにあるときは誰もが笑っていた。しかし。

「それは嘘です」

「はェ?」

「今の僕にはわかります。おそらく僕と同じ目的で線路を走ったんですよね。線路の先に何があるか知りたかった。そうですよね?」

「・・・」

「本当のことを教えてください。あなたは何を知っているんですか」

T295さんは大きくため息をついた。

「わかった。俺の知ってること、全部教えてやる。ただ一つ約束がある」

「なんですか」


「話を聞いたら、この駅から出ていく。それが約束だ」



「なぜ、ですか?」

手紙にも書いてあった。『ここから出ていけ』と。

「話を聞いたら分かる。だが聞いてしまったら、ここには居られない。それでも聞くか?」

「聞きます」

僕は即答した。もともと答えは決まっていた。

「わかった。えーと、何から話せばいいかな」

T295さんはすべてを話してくれた。


「まず、ここはどこだと思う?」

「どこ?『思い出の駅』ですよね?」

「違う。ここは『死者の世界』だ。『思い出の駅』は呼ばれているだけで、本当は『終始のセカイ』という。・・・ここには生きた人間なんか誰もいない。みんな死んでここに来たんだ」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

「ん?どした?」

「いや、し、死んだ?」

「うん。そう。みんな死んだの。・・・あー、何言っても信じられないかもしれないけど、とりあえず最後まで聞いて欲しい。質問はその後答えるから」

「あ、はい」

「うん。ここは『死者の世界』。『ここに一度訪れた人間は、二度と駅には現れない。』ってうわさあるでしょ。あれは『電車に乗った死者は、この駅に戻ってこれない』って意味なんだ」

「この駅はね、死んだ人間が最後に思い出を残すためにあるんだ。死は突然来る。死ぬ前に何かしたいと考えていても、死は突然来るから叶わないものさ。そういった願いを叶えるためにあるんだ」

「もちろん、こういった施設を運営するには職員がいる。それが俺たちさ。でも不思議じゃないか?俺たちはそんなこと知らない。ここがどんなところなのか、自分が何者なのか、そんなこともわからない」

「それは俺たちがここで働くだけのコマだからだ。必要のない記憶は消し、ここで働くようにだけプログラムされている。俺たちももともとは人間だったさ。ただの人間だった。でもここを造った誰かが俺たちをいじったんだろうな」

「あとは『うわさ』か。あれはおそらく先人のメッセージだ。『ここは死者の世界だ。生きている人間は誰もいない』って伝えたかったんだろう。俺や君のような思いを持つ人が現れたときのために。」

「・・・話はこんなものか。何か聞きたいことはあるか?」



最初は困惑したが、話を聞いているうちに納得した。

あの少女がなぜ、「最後に思い出」と言ったのか。なぜここが『思い出の駅』と呼ばれているのか。

しかし疑問も残る。

「でも、なぜ知ったから出ていかないといけないのですか?」

「なぜ、俺たちは記憶がないと思う?それは運営する側にとって不都合だからだ。余計なことを知らないほうが問題は少ない。もっとも俺たちはここ以外の世界を知らないし、死の概念すらわからない。だが、それを知ってしまったら俺たちは人間か?そんなものを知っている存在は神に等しい。だから逃げるんだ。捕まる前にな。幸い、俺は線路を走っただけだから、ここにいるだけですんでいるが」

「・・・そもそもなんでここまで色々と知っているんですか?」

「ああ、それは最初の質問に答えなければいけないな」


「俺が線路を走った理由は、この駅で母親を見かけたからだ」


「え」

「俺がまだ、お客を相手に仕事をしていたとき、たまたま見かけたんだ。なぜかわからないが、その人が母親だとわかった。記憶がないのに。おそらく親子の縁ってやつだろうな」

「話しかけようとしたが、母は行ってしまってな。後を追ったが母はもう電車に乗っていた」

「それからしばらく駅のホームで待っていたさ。いつかまた来るかもしれない、と信じていたからね」

僕のときと同じだ。

「だが、いつまで待っても母が戻ってくることはなかった。そして次第にあることに気づいたんだ。『このホームには一度も同じ人が来ていない』って。そしてあの『うわさ』を知った」

「それから必死に調べたさ。そしてわかった。母は死んだんだって」

T295さんは少し黙った。

「なんだか居ても立っても居られなくなってな。俺はここで何をしているんだって。気づいたら線路を走っていた。あの先に母がいるとも限らないのに」

「・・・」

T295さんは呼吸を整え、笑顔を向ける。

「おそらく知っていることはすべて話したと思う。・・・これを受け取ってくれ」

紙きれを渡される。

切符だ。

「俺はここで使えなくなった切符の仕分けをしている。いろいろ試したんだが、印刷のずれは修正すると不良品判定にならないらしい。・・・それを使ってくれ」

「いいんですか?」

「ああ、使ってくれ。俺にはそれがあっても、地上に戻ることができない。今それが使えるのは君だけだ。というか君に使って欲しい。俺と同じく、真実を知りたいのなら切符を使って、外の世界に行って確かめてほしい。ここが何なのかを」

僕は黙ってうなづいた。

「頼む。それと・・・・・・・・・最後に1つお願い聞いてもらっていいか?」

「もちろん。何ですか?」

「もう少しだけ俺とおしゃべりしてくれ。人と話すのは本当に久しぶりなんだ。もっと楽な話をしよう。少しだけでいいんだ」


10分ほどの雑談が終わり、僕は地上に戻ることにした。

「T295さん、ありがとうございました。自分でもスッキリしました。まだわからない要素がたくさんありますけど、確実に前に進めます」

「おお、気を付けろよ。そんじゃ、線路の向こう側、確かめてこい!」

「はい、お元気で」

僕が部屋を出ようとしたとき、声をかけられた。


「俺はもう。君と会えないことを祈っているよ」

僕は振り返り、頭を下げた。

「大丈夫です。さよならT295さん」



僕は自室に手紙を残した。

たった一言の手紙。

D10023さんに対しての感謝の言葉だけを書き残した。

そのあと僕は駅の中を巡った。

いつの日か案内した映画館。いつも立ち寄っていた食堂。住む場所がなくていつも寝ていた段ボールハウス。駅員の憩いのバー。僕の思い出すべて回った。

そして最後に駅のホームへと向かった。


ポケットに手を突っ込み、切符を握りしめ、電車が来るのを待っていた。

ここはあの少女と出会った場所であり、別れた場所だ。

あの出会いがすべての始まりだった。


そんなことを考えているうちに、電車が停まり、目の前で扉が開く。

僕は電車に乗り、電車の中を見渡した。

電車の中は一つ一つ席が個室に分けられている。

僕は個室を覗いてみた。

そこには僕と同じく乗ってきたお客さんがいて、向かいの席の人と何か話をしていた。

しかし、お客さんの向かいの席には誰も座っていない。誰もいないはずなのに、そのお客さんは誰かに話しかけているようだった。そしてその顔は幸せそうだった。

他の個室もそんな感じだった。

その時僕は、なぜ『思い出の駅』の最後に電車に乗るのか、わかった気がした。

その個室に誰がいるのかわからないが、間違いなくそこには大事な何かがいたんだと思う。

おそらくその人にとって最も大切な誰かが。

そしてそれがこの『思い出の駅』の最大の『思い出』であると。


電車は動きだし、駅から離れていった。

僕は個室に入ることなく、遠くなっていく駅を眺めていた。全体を見て改めて思うがとんでもなく大きな施設だ。

そんな施設を眺めながら、僕は小さく呟いた。

「さよなら。ぼくの思い出の街。」


そして電車は広がる海を渡り、水平線へと消えていった。

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