推しに似たストーカー

ABC

第1話 推しにぶつかる

目の前がまるで、雨のモザイクでもかかったような大雨で、今日は前がよく見えていなかった。駅までの道を折れそうになる傘を持って歩くのが必死だった。


「あーあ、こんなにも降るなんて聞いてないよぉ~」


そう愚痴をもらした。雨が降ることは知っていた。しかし朝からこんなにも嵐のような日になるとは思いもしなかった。雨のためにいつもより早く家を出てきたつもりなのに、他の人も同じ考え方をしたのか、既に電車はたくさんの人で満たされていた。


傘もあるし、私は自分の傘が他の人の傘に当たらないよう、仕事場へのいつもの道を気をつけて歩いていたが、案の定当たってしまった。


「あ……っ!!」


私は黒いコートを着た大柄な男の人に当たってよろけてしまった。転びそうになったのは、ピンヒールのせい……。


「お嬢さん、大丈夫?」


男性が私を受け止めてくれた。私は体勢を整えながら何度も頭を下げた。


「ご、ごめんなさいっ! 本当にごめんなさい!! 大丈夫、です、か……?」


その瞬間夢を見ているのだと思った。周りの人の歩く音が一瞬にして消えてしまったような気がした。そこにいたのは、推しだった。見上げた顔は中学生の頃からずっと片思いをしているまぎれれもない推しだった。


「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

「……」


私の口は開いたままだった。次の瞬間、歓喜に叫びだしたい衝動が一気にこみ上げてきて、さらに大きく口を開けたけれど、次第に戻ってきた周りの音によって、自分が道の真ん中にいることを改めて思い出して、私は思いとどまった。


せめて礼儀正しくしないと……ファンとして。


「お嬢さん……? 大丈夫……?」


推しが私の傘を拾って渡してくれたことで、今目の前で起きていることに私の意識は戻ってきた。ああ、ああ~~!!! 私、推しにぶつかったんじゃん!!


「あ、あぁ、あの、すみません! あ、あの、とんでもない御無礼をっ!! 本当に申し訳ございません!!」

「ふふ、そんなかしこまらないで」

「いや、そんなっ!! こんな、アイドル様に会えるなんて! こんな機会!!」


最悪だ、私。まくしたててる。こんな女は嫌われるって昨日テレビでやってたのに。しかも、心の声が……漏れ出ている。


「こちらこそごめんね」

「あ、あの! わ、私、中学生の頃からずっと推しで! あ、いや! えっと、尊敬してまして! 大好きで!!」

「ふふ」


何口走ってんだ、私。こんなところで奇跡的に会えたのを利用してしゃーしゃーと告白を……っ!! 私の馬鹿!!


推しはくすっと笑った。テレビで見るあの笑顔である。

私は一気に恥ずかしさがこみ上げてきた。


「あ、わ、私、ごめんなさい! こんなところでこんなこと!」

「気持ち、嬉しいよ、ありがとうね」

「あの、いえ……」


あぁ、幸せだな。今推しが出てるドラマの、まさに昨日やっていた、推しに告白をする彼女役に変わったみたいだ。


「雨、気を付けて……また会えるといいな」


そう言って手を振った推しは、颯爽と去っていた。


触れられないテレビの中で去っていくみたいに……ん? 触れる……? え、ちょっと待ってっ!!! え、わ、私、推しに、う、受け止められ……っっっ!!!


脳内はお花畑で、私と推しは両手を繋いで踊っていて……今にも鼻血が出そうだった。現実で見た推しは、こんな雨にも負けないくらいキラキラキラキラ輝いているように見えた。


また会えるといいな、なんて言われてしまった。


どうしよう、どうしようっ!!! 

でも……本当に会えたら……いいな。

そう願うのは罪だろうか。


その日は人生で1番と言って良いほど、集中できなかった。その日の夜も一睡も出来なかった。

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