第10話 アイドル始動! 夜更かしは女の子の大敵よっ!!

 動画自体の尺は9分とちょっとで、個人の歌とダンスがそれぞれ1分半あり、残りの2分が新曲の『新世代へようこそ』との流れになっている。らしい。

 また、そこから『シュガーポワン』の紹介とか、宣伝とかも入るかもしれないから伸びるかもしれないけど、基本的な流れは9分ちょっとである。


 マネージャーが踊って見せた振り付けをマジマジと見つめる4人。部屋を暗くして、プロジェクションマッピングで見ている姿はどこか、時代錯誤な感じがしてならないが、アイドルらしくはあるだろう。そんな緊張感がある空気が漂っていた。


 一度通しで見終わった4人は、部屋の電気を付け、一息つく。ラキが口を開く。


「・・・本当に前のグループでやった曲をやるんだね。ま、まぁ、利権辺りはマネージャーにお任せするけど・・・みんなは踊りとか大丈夫そう? 見た感じ、透華ちゃんの振り付け難しい感じだったけど」


 難しい感じだった。

 ラキ自身、そこまで透華の所属していたアイドルグループの話は知らないが、結成当時から『レディーナイト』はアイドルらしからぬ本格的な歌声と、ダンスで人気を勝ち取ったグループなのだ。そんな一番の人気曲をブランクがある透華が踊れるか心配になったラキだったのだが・・・。


「う〜ん、今すぐに完璧に踊れって言われたらできないけど、1ヶ月は猶予があるんでしょ? なら大丈夫。一応私達の曲だからね。・・・それ以上に大変そうなのが『新世代へようこそ』だと思うけどね・・・」


「そうだよね〜。しかも、この振り付けをあのマネージャーさんが考えて、そして踊ってるって考えると笑えてきちゃうよね〜」


「求められるレベルは全然笑えるものじゃないですけどね・・・」


 透華の話は他の2人にも通じるところがあった。少しブランクはあるが、自分達の曲なのだ。少しの練習さえあれば以前と同様、いやそれ以上のレベルに引き上げられるだろうとそんな自信がある。その自信も、それぞれがトップアイドルに近しいと言われただけある元アイドルなので、裏付けはしっかりされているだろう。アヤは気合で乗り切れるだろう。


 で、次に上がった話が『新世代へようこそ』の歌と振り付けである。

 シュガーポワンとしての初めての楽曲という事で、自己紹介的な、これからよろしく的な元気がいい、アップテンポな、まさしくアイドルらしい曲となっていた。

 だが、そんな気楽で、気分の上がる曲なのだが、それを自分たちがやるとなったら話は別である。渡された映像には細かく振り付けや、パート分けがされているのだが、ハモリや激しくダンスしながら歌わなければいけない部分がたくさんあり、求められるレベルが相当に高いものになっている。


 普通なら、ここで気圧されて自分に自信がなくなって、その自信を身につけるためのワンステップを挟まなければいけないのだが、この場に集まったアイドル達は元、とは言え、しっかりと前線で活躍していたアイドル達なのだ。そんな足踏みはとっくのとうに蹴り飛ばし、踏み台のように駆け抜ける足場にすり替わっている。


 それぞれが浮かべる表情は、これを皆んなに見せたらどんな表情になるのだろう、笑顔は勿論、これを見てアイドルを目指したくなる人も出てくるかもしれない、と『完璧にこなせる』前提で物事を見ていた。



 そんな3人の真剣そのものの表情を見て、アヤは決意を新たにする。


「(確かに、アイドルとしての経験はないかもだけど、それ以外で手助けできる部分はある筈。ラキちゃんをラキちゃんとして、また羽ばたかせるために頑張らないと)」


 と、胸に秘めていた。




 熱意が部屋を埋め尽くし、サウナかのようになった現在であるが、そもそもの時間が遅く、一旦は解散しようとの話になった。取り敢えず、渡された資料を全員に配り、各自の部屋に戻る事になった。まぁ、各自の部屋といっても十数個程の空き部屋から適当に「ここにする!」って決めただけのものであるが。

 空き部屋に移動した4人、ラキが扉を開け、部屋の照明をつけるとそこには妙に見慣れた景色があった。


 全体をピンクで纏めた女の子らしい空気感、パンダ、クマ、レッサーパンダ、グリズリーと熊科で統一したぬいぐるみがラキを出迎え、部屋の窓際にベットが置かれている。机は白を基調とした可愛らしいものだ。

 どこからどう見ても、拉致監禁される前のラキの自室と同じ配列、家具達だった。

 一歩後ずさりをし、未だ見慣れぬ洋館の廊下を見て再確認し、二歩踏み出す。


「・・・いっか」


 特に深く考える事を辞めた。

 考える時間はマネージャーが家に押しかけた段階で過ぎ去ったのだ。今更考えたところで、アイドルを目指すの前には些細な事であった。

 そこまでしてアイドルは崇高なものなのか、と考えてしまったラキなのだが、これを口に出すと恐らく、今までの話の流れからマネージャーとアヤが部屋に飛び込んできて涙目で力説されるだろう。


 出会ってまだ短いアヤであるが、多分当たっていると思う。


 考えながらベットに腰掛ける。机の上には見慣れたノートPCが置いてあってそこに資料のCDを突っ込む。最近勉強机から買い替えた真新しい机と、小学生の頃から使っているちょっと高めの椅子に座りぼー、と流し見る。


「(胸熱・情熱・ロマンティックは私のソロ曲で、沢山歌った曲。まぁ、映ってるのはマネージャーだけど、考え深いものがあるなぁ)」


 マネージャーだけど。

 色々と考えさせられる部分はあるが、まぁ、振り付けを考えると結構簡単な部類である。その場からほとんど動かず、身振り手振りで表す、思わずリズムをとってしまうような曲である。テンポが良い。


「(恋はトキメキ・ドキドキマジックは少し難しいんだよね。息を合わせないといけないから、少しでもずれちゃうとロボットダンスみたいに見えちゃうし)」


 まぁ、昔はそれはそれで可愛いって思われるだけだったので、失敗もクソもなかったのだが、失敗を前提で組み込む事は絶対にないので、幾ら評判が良かったとしても、失敗を演出として考える事は一切なかった。プロ意識だったのだけど、今の場合は普通に完璧じゃないといけないって理由に置き換わる。

 中学生の間違えちゃったてへ♡ と、学生の身分ではない女の間違えちゃった、とでは雲泥の差がある。あざといかあざとくないか、見ていて不満かそうでないか。みたいな話になる。


「ミスはできないんだけどね」


 アヤは一回、ダンスを見せてもらったけどすごく運動神経が良くて、リズム感も良いのだ。問題なく『恋はトキメキ・ロマンティック』を覚えるだろう。


「問題は私だよねぇ・・・」


 スピーカーから流していた音源の出力先をワイヤレスのイヤホンに変え、これまた見慣れた縦長の全身が映る鏡の前に移動する。わん、つーとリズムを取り、うろ覚えであるが振り付けを思い出す。


「恋は、トキメキ。ドキドキマジック・・・」


 口ずさみながら一通りの振り付けを完走する。


「んー、大体の流れは覚えているけど、何かなぁ」


 首を傾げ、その後にもう何回か繰り返す。夜中の12時を回るちょっと前にマネージャーが「夜更かしはお肌の大敵だぞー? あとちょっとうるさいぞー?」と注意を受けるまで夢中になってしまっていた。やだ、私、アイドルの事になると周りの事が見えなくなっちゃって・・・いっけなーい、もうこんな時間!!?? 歯を磨いて寝ないとっ!!


 と、風呂に入った意味がある? とそんな汗のかき方をしたので寝る前のシャワー、と考えて向かうと他の3人と鉢合わせる。どうやら部屋に戻ってから同じように練習していたようで、額には薄っすらと汗がかいているのが見えた。似たもの同士って話。

 まぁ、アヤの場合、最初の方は自室に居なく、親睦を深めようとラキの部屋に向かった所、1人でよさよさ踊っていたのを目撃し、入るに入れず、隙間から覗いてハァハァしていたのだが。

 変質者そのものの姿をスズに見られていた訳だが、彼女は学びを得て、決して話しかけようとせず、そのまま自室に入っていったのだった。

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