第9話 ラップバトルは凛と、韻を踏む戦い (3/3)

「なんやかんや、四季早々。日本列島を横断する感じの話し合いが終わったところで、一つ。今のシュガーポワンのやるべき事を話したいと思う」


「そんな仰々しく・・・」


 と、語るアヤであるが、その隣にはいまだに鼻を啜っている塩らしいスズが居る。当の本人にしてみれば、そこらへんに転がっているアイドルの情報の一つなのかもしれないが、言われた立場の人間からすると「なんでそれを貴女が知ってるの!?」状態になるだろう。

 ちなみにアヤとスズの話し合いは、アヤの一方的な『スズの人生 〜生まれてから今に至るまで〜』を語って終わったらしい。

 今まで起こった出来事を事細かに言われたようで。恥ずかしい事も、好いも甘いも。挙げるとすれば初恋の相手に送ったラブレター・・・の内容を一言一句間違わずに言われたり。だとか。


 それを聞いたラキは「私以外の情報は捨てたんじゃ?」と、考えたのだがまぁ、矛先が別の方に向いたから別に良いか。と黙る。触れぬ神に祟りなしである。どうやらそれは透華も同意見らしく、あからさまにスズへ同情の視線を向けているが、未定理だけに止まっていた。

 話題の矛先がアヤからスズに変わった事で、さっきまでの好戦的な空気感は四散した。別の話題が湧き上がったのは良い事か悪い事か。


 そんな空気感をお構いなしに、話し合いと言う括りで纏めたマネージャーがキャスターがついたホワイトボードをずいっ、と引っ張ってきて一文書く。

 キュッキュ、と気持ちの良いマッキーの音が途切れ、見えたのは


「『飛び出せ電子の海! 季節外れの海開き!! 〜シュガーポワン、動画アカウント始動の巻〜』・・・?」


 読み上げ、最後に疑問符で閉める。読みながら意味が分からないラキは首を傾けたまま固定する。斜塔のようだ。


 透華が質問する。


「えっと、動画サイトでシュガーポワンは活動するって事なの?」


「答えはNOだ」


「じゃあ・・・」


「答えは一寸の曇りすらない否定だ」


「・・・一回言えば分かるわよ」


 2回目のしっかりとした否定に鋭い視線を向ける透華。その眼差しに息が詰まったマネージャーであるが、大人の意地を見せ、咳払いを一つ。ラキ、スズは静かに聞いている。一方、アヤは少し気まずそうな表情をしていた。顔を見ているのは、位置的にマネージャーしかいないので気付かれていないが。


「グローバルな社会だ。1秒にも満たない高速で、電波の海に流した情報は一瞬で世界に回る。それを好機と見た俺はシュガーポワン結成!! の動画をそこで公開し、幸先の良いスタートを切ろうと考えているのだ。我ながらハイパーな考えだな」


 自信満々にホワイトボードに書いた『始動』の文字に何度も丸を付ける。強調されすぎて元の文字が見えない程である。


「今時ネット社会にも精通していないとこの時代に追いつけないからな。一応としてアカウントを作り、シングルを出すたびに公開する考えだ」


 と、そこまで話したマネージャーに透華が質問する。手をあげる。


「はい、透華」


「シングルをそこで公開するってのは理解できるけど、それじゃあアルバムとかが売れないんじゃないの? 音楽を聴きたい人はそれだけで事足りると思うし・・・」


 言い終わった透華に鷹揚をつけてマネージャーが叫ぶ。


「なんっと言う自己評価の低さッッッ!!! 世間のファンたちが悲しむぞ、このヤロ!!」


「ヘェ!?」


 びっくりして肩を揺らす透華。連鎖してラキとスズの肩も揺らす。既にスズの半べそは終わり、素に戻っていたのだがいきなりのマネージャーの叫びは耳に響いたのだろう。ラキは純粋にびっくりしていた。


「楽曲は本人が投稿する事で意味があるんだ。素性も知らない奴に無断アップロードされてみろ、そいつの懐があったかくなるだけだぞ? そして、俺たちに必要なのは知名度なんだ。生憎、話題性はある。有名な奴らが集まり、それに実力も伴っているんだ。一度世間に見つけられたらうなぎも驚くような右肩上がり一直線だぞ?」


 息を吸い、呼吸を整える。


「でだ、投稿する利点は知名度を得るためだ。んで、アルバムが売れないかも、だっけ? バカめッッ! お前達はなんだ、『アイドル』だろ!? アイドルは聞くものではなく、見るものなんだ。アルバムに握手券とか投票券とか特典を付ければ普通に売れるだろ常考。して、ファンとは総じて収集癖があるものだ。好きなアイドルのグッツは死ぬ気で買うだろ? 動画は知名度獲得の為、アルバムはコンサートの為。そう二面で考えればそれが正解だ」


 そこまで聞き三人は納得する。

 マネージャーはそこまで考えてるんだ意外だな〜、と思いながら頷く。


「でだ、アカウントを作るのは確定している。どんな内容なのかも粗方考えてある。・・・後は宣伝方法なのだが、一つ良いものがある」


 と言って同じように座っていたアヤの腕を引っ張って立たせる。


「登録者60万人越えのうp主、アヤ氏改め『TADANORAKINOFAN』だぞ〜あがめろー」


「・・・ただラキのファン?」


 バーンと、盛大な効果音を片手間のパソコンで響かせながらチャンネルホームをプロジェクターでどでかく表示させる。そこには合計27の動画と、端数を綺麗に収めればチャンネル登録者60万人がしっかりと表示されている画面があった。

 それを見てラキとアヤは「おぉー」と声を漏らし、スズは「嘘、あの『TADANORAKINOFAN』ってアヤちゃん・・・?」と、驚愕している。そしてアヤは少しだけ落胆している様な表情を見せていた。


「え、なんの実績もないって・・・めっちゃ実績あるじゃん・・・普通に有名人なのアヤちゃん〜??」


「・・・アイドルとしての実績はないってだけですよ。・・・もしかして私をスカウトしたのって宣伝の為?」


 落胆の表情を見せた理由はそこだった。

 60万人のチャンネルを運営している自分をアイドルにすることで、チャンネルを通して宣伝できるから、と。


 スズに対しての評価自体は何一つも間違っていないとアヤは考えていた。確かに自分はアイドルの実績はない、ただアイドルの空真似を素人レベルでやったってだけで特質したものはないと思っていたからだ。確かに60万の数字はデカいが、その背景にあるにはアイドルとしての『アヤ』ではなく、高クオリティーで真似が出来るラキの偽物としての自分だ。

 60万人は自分ではなく、代替えとしてラキの虚像を見ているのだと。自分が行動で示した動画のように、視聴者は見る事で表現しているのだと。


 そう考えたアヤは『STaB』の全楽曲、30ある内の27だけを真似して、動画制作を終わったのだ。


 それをこうした形で掘り返され、利用されるとは。


 最初の私はアイドルとして才能がある、ラキを目指せる! と、意気揚々とした気持ちはなんだったのかと、恨めしさすら覚える心でマネージャーにそう問いかけた。答えは呆気とした物だった。


「いや? 普通にこの子いいなぁ、って思ってスカウトしたんだけどな。いやー、まさか有名人だったとはね!!?? 俺も驚きだよ、ながらで動画垂れ流しながら運転した時に『まさか?』と思って、確信に至った時は普通に命の危険を感じたよね。マジで。そのせいでオンボロ軽になったし・・・」


 ああ、俺の8人乗りの高級車・・・と、呟くマネージャーを見て驚くアヤ。まさか本当に?


「え、じゃあスカウトしたのは私のアカウントで宣伝する為じゃなくて・・・?」


「・・・ほ〜ん? この俺が『宣伝の為に』スカウトしたと思われてるな〜?」


 振り返りホワイトボードをバーン。


「俺の!! あ、俺のじゃないが・・・シュガーポワンはトップアイドルになるグループだ。そして、その活躍は日本国内に留まらず、世界進出すらも活動範囲だ! トップは容易じゃない、容易じゃないから中途半端な人員じゃダメだ。つまり分かるな? 本気でメンバーを組んだんだから、この中、誰1人として欠けちゃいけないんだ。だってシュガーポワンだから。もっと気楽に行こうぜ? お前はもう、アイドルなんだから」


「ふぇ、ふぇ〜ん・・・」


 言葉を聞き思わず涙してしまうアヤ。これ幸いと三人が騒ぎ立てる。


「あ、アヤちゃんを泣かせた〜!! 人でなし、ロクでなし〜」


「鬼畜ね」


「男として、大人として大事なものを失ったね〜」


「そ、そんなにか・・・? お、俺が悪いのぉ・・・?」


 あたふたしているマネージャーとあやされているアヤ。




・・・・・・・


「って事はだ。話題性がないといけないよなって話で、はいドドドンドン!!」


 落ち着いたアヤを含めて、4人が座り、その向かいでまたホワイトボードに文字を書き殴る。見えてきた文字は


「えっと、『それぞれの一番人気の曲合わせたメドレーなら、天下取れるんじゃね〜!?』・・・取れそうかな?」


「私の知的見解によりますと、ラキちゃんのアイドルセンスをふんだんに織り交ぜ、その他有象無象を添えれば難なく取れるかと」


「有象無象って」


「スルーでー」


 ジト目の透華の視線が突き刺さる。が、そんなのはお構いなしにと畳み掛けるようにラキをヨイショするアヤ。


「ははは・・・まぁ、気持ちは嬉しいけどシュガーポワンとして天下取るんだから、皆んながいないとね」


 愛想笑いをしながらそう答えるラキ。それを聞いた透華が比べるように見る。


「・・・その謙虚さがアヤにもあれば良いんだけど」


「何か言いましたか?」


「なんもないわよ」


 猛禽類のような鋭い視線に思わず目を逸らしてしまう透華。


 そんな4人の掛け合いに割り込むようにマネージャーがホワイトボードをくるりと面を変え、バーンと叩く。


「って事でラキは『胸熱・情熱・ロマンティック』、アヤはラキと『恋はトキメキ・ドキドキマジック』、透華は『Shining sky』、スズは『愚者の心得そのⅢ』、そして4人で『新世代へようこそ!』な組み合わせだ。最後の曲はしっかりと振り付けとかあるから頑張って覚えてくれよ〜? 期限は今月末まで。5月の上旬には公開したい考えだ」


 胸熱・情熱・ロマンティックは『STaB』が出した一番のヒットソング。はちゃめちゃな掛け声とアップテンポな曲で純粋にテンションが上がる曲だ。

 恋はトキメキ・ドキドキマジックも同様に『STaB』が出したドゥエットでの一番のヒットソング。掛け合いが思春期の恋心を揺れ動かして胸ドキドキされる曲。

 Shining skyは『レディーナイト』が出したヒットソング。輝きの空、の意味通りに透き通った声で、透き通った世界観の歌は純粋に聞くものの心を揺れ動かす。

 愚者の心得そのⅢはスズが以前所属していた『鴨脚不揃我謝海月』の曲。ラップテイストな低音が響く曲だ。


 4人が4人らしい反応を見せる。

 その中でアヤが口を開く。


「あの、著作権とかって大丈夫ですか・・・?」


 全て『元』所属のアイドルグループの曲なのだ。許諾を取るのに相当苦労しただろうなぁ、と取った前提で聞いてみるアヤ。


「おん、ダイジョブダイジョブ。全然オッケーだから。うん。後で頼み込んで了承得るつもりだから」


 取ってなかった事実に色素が抜けるアヤ。


「ま、まぁ、別に許諾なくたって、収益化通らないだけで別にアップロードはできるし? と、兎に角そんな感じだから! はい、これ『新世代にようこそ!』の音源と踊りの見本! じゃ、後は頼んだよラキ!!」


 押し付けるようにCDをラキに渡し、そそくさと部屋を出るマネージャー。

 ラキは手元にあるCDを見て、壁にかかってるカレンダーを見る。


「1ヶ月無いくらいで仕上がるのかな・・・?」


 仕上げないといけないのだが。


 やれるかやれないかは兎に角、やる気は十分な4人なので取り敢えずは新曲を頭に叩き込もうと、折角のプロジェクターでそれを流し始める。本格的なアイドル活動、本日開始である。

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