盲目の嫁に改めて『愛している』と言ってみた。

俺氏の友氏は蘇我氏のたかしのお菓子好き

言葉にしなければ、伝わらない

俺の嫁は、目が見えない。


結婚する前からずっとそうだ。


初めて会ったのは高校2年のクラス替え。


周りの生徒たちがはしゃぐ中、彼女は窓際の真ん中の席でその長い銀髪を風に任せて、空を眺めていた。


俺はそんな彼女の瞳に、恋をした。


一目惚れだった。

彼女の不鮮明な、朧げでいて透き通った水色の瞳に惚れた。


そこからはもう、彼女のことをずっと追いかけて過ごした。


他人と積極的に関わりたがらない彼女に、鬱陶しいほどにつきまとって、話しかけて、見つめ続けて。


そして卒業式の日、告白した。


『好きです。あなたの傍にこれからも居させて下さい。』


彼女はそれを聞いて、目を見開いて驚いていた。


そして、静かに涙を零した。


俺がどれだけ付きまとって、驚かせたり喜ばせようとしても大して表情を変えない。


無表情な彼女が、初めて泣いたんだ。


そして、小さくもハッキリと言った。


『私は目が見えない……から。だから、君に苦労をかけてしまう、とてもとても沢山。君はきっと私を面倒に思う。』


それを聞いて、俺は頬が濡れていくのを感じた。


彼女の言葉、彼女の表情、彼女の仕草、彼女の瞳。


その全てから、彼女の想いが伝わってきた。


友人も、教師も、可哀想と言って助けようとする人も、彼女の見た目に惹かれてやってくる人も、血の繋がった家族でさえも。


盲目の彼女の相手を、嫌がった。


初めはみんな優しい。


不幸だと、災難だと言う。

自分たちと変わらないと、大丈夫だと言う。


手を取ってくれるし、世界の美しさを語ってくれる。


『自分は他の人と違う。盲目の彼女の相手だってできる。』


そんな、くだらない自尊心を満たすために。


友人は離れ、教師は背け、人々は飽きて。


優しい家族も、心のどこかで


『面倒くさい』


と思うのだ。


皆、それを隠そうとする。

静かに、悟られぬよう、気づかれぬよう、目の見えぬ彼女に見えないように離れていく。


けど、彼女はそれを知っている。解っている。


目の見えない、彼女だからこそ。


俺は涙を拭うよりも先に、彼女を抱きしめた。


その瞬間、彼女の小さく冷たな体がビクリと震えた。


俺は考えるよりも先に、叫んでいた。


『ふざけんなっ!! 俺を舐めんじゃねぇ! 可哀想だから哀れむから仕方ないからお前につきまとったんじゃない!! いい子ちゃんアピールでもないっ!!』


『じゃあ、なんで……』


俺の声が途切れる間に、彼女が言った。

けど、俺は最後まで言わせずに叫ぶ。


辞められなかった。止まれなかった。


彼女があまりにも…………彼女のことがあまりにも………


『お前が好きだからっ!! 傍に居たし、これからも傍に居たいんだ。好きだ。好きだ好きだ好きだ。大好きなんだっ!! お前の顔が声が髪が声が、瞳が。その全部が愛おしいんだよ……好きなんだよ。』


俺は全身全霊で叫んだ。


周りの人に笑われるのも気にせずに、ただ彼女を、彼女の瞳だけを見つめて。


そうして、俺と彼女は付き合った。


別々の大学に行ったが、幸いに二人共東京だったから同棲した。


大学を終えて、俺はIT系に。彼女は広告代理店に就職した。


そして何年も経たないうちにプロポーズして、小さいながらも結婚式を開き。


今は、慎ましくも温かい家庭を築いている。


子供はまだいない。

まだ20代だから、そんな焦ることもないだろう。


俺は大人になってから、恥ずかしくて好きとか愛してるとか言えていない。


言わなくても伝わってると思ってたから。

同じ家に住んで、ずっと一緒にいるから。


言わずとも伝わってると思っていた。


だけど。


それは、俺の勝手な妄想だったみたいだ。


ある日後輩が、


『結婚記念日にプレゼント渡して久しぶりに好きって言ったら、大泣きしまして。なんでも、言葉にしないと分からないそうです。いやぁ、あれから機嫌が良くてね。本当に言ってよかったです。』


そう言ってのろけていたから。


俺も久しぶりに、次の結婚記念日に恥ずかしいけど、言おうかと思って。


当日、本当は二人で休んで出かける予定が、俺に急な仕事が入ってしまって。


残業はせずにいそいで家に帰った。


彼女の好きなレモンケーキと、ちょっと高めの茶葉を買って。


プレゼントも用意して、家についた。


扉を開けて俺は『ただいま〜』って、いつもどおりに言ったんだ。


そしたらいっつも彼女は『おかえり』って、玄関まで来て言ってくれるから。


でも、今日に限ってはその言葉が何時になっても返ってこなかった。


聞こえてくるのは、時計の針の音だけで、それが妙に気味悪かった。


俺は怖くなって、靴を脱ぎ捨ててリビングに向かった。


そして、固まった。


『……ごめんね…………』


彼女が部屋の端で膝を抱えて俯いて、謝るから。


『どうしたんだ!? 何かあったのか!?』


俺はわけもわからず彼女の傍に駆け寄った。

そして、手を取った。相変わらず冷たかった。


『…………ごめんね……』


彼女は何も言わずに、ただ俯いて謝る。


どうして……


頭の中をその問がぐるぐると巡って、おかしくなりそうだった。


考えても考えても出てこないから、俺は考えるのをやめた。


わけもわからず、こんな時に言うことじゃないとわかりきっているのに、彼女の手を取ったまま震えた声で言ったんだ。


言うつもりだった、言葉を。


『あの時と変わらないまま、ずっとずっと愛している。君が好きだ。愛している。』


俺はこの言葉を言っても、何も変わらないと思った。


だって、愛していると直接言わなくても、普段から行動で示しているし、伝わっていると思っていたから。


けど、彼女はその言葉を言い終わる前に、泣き始めた。


涙なんて告白のときとプロポーズのときに数滴垂らしたくらいしか見せなかった彼女が、膝を抱えたまま泣き始めた。


まるで幼い子供のように、わんわんと声を上げて泣き始めたんだ。


俺はますます意味がわからなくて、ただ取った手を握りしめていた。


そのまま数分いたら、泣きながら彼女が言った。


『私……嫌われてるって……思って……。結婚したのに、料理も洗濯も掃除も出来ないし……それどころか世話を君に押し付けて……。君が後悔してるんじゃないかって……私なんかと結婚したこと、もっと普通に……普通の人と結ばれたほうが幸せなんじゃないかって……。怖くなって、申し訳なくて……………私に向けられるべきものじゃないって分かってるけど……それでも……。』


彼女は顔を上げて、変わらぬ水色の瞳を向けて言った。





『愛してるって、言ってほしくて……。』





たどたどしくて涙混じりで、か細い声だった。

お世辞にも聞きやすいとは言えなかった。


けど、だけど。


彼女の気持ちは痛いほど伝わってきた。


俺は、なんて馬鹿なんだ。

なんて勘違いをしていたんだ……。


言わなくても、伝わるって思ってた。


けど、彼女は……彼女だからこそ、言わなきゃだめだったんだ。


俺は、ずっと、今でも、いつまでも、誰でもない、君のことを


「愛している」


俺は彼女を抱きしめながら、泣きながら叫んだ。


「愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる。好きだ大好きだずっとずっと君が他の誰でもない君が、ずっと好きで……愛してるんだ」


彼女はずっと不安だったんだ。


俺が嫌いにならないか。他のみんなと同じように飽きて面倒くさくなって、離れていかないか。


そんな不安は、俺の恥ずかしいっていうそれだけの理由で、更に大きくなって、彼女をこんなにも締め付けていた。


彼女は馬鹿だ、俺が君のことを嫌いになるはずがないのに。


俺はもっと馬鹿だ、言葉にしなきゃ伝わんないって誰よりも知っているのに。


「愛している。今でも、これからも、ずっと。」


俺は改めて彼女の瞳を見つめて言った。


「うん、知ってる。」


彼女は目にかかった涙を掬いながら、微笑んでいる言った。


「私も、君がずっと、誰よりも大好きです。愛して、います。」


ほら……な。


やっぱり、言葉にしなきゃ伝わんないんだ。


だってそうだろ、彼女が俺のこと好きなんてわかりきったことなのに。


ずっと傍に居て、誰よりも知っているはずなのに。


なのにこんなに、嬉しいんだもの。

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盲目の嫁に改めて『愛している』と言ってみた。 俺氏の友氏は蘇我氏のたかしのお菓子好き @Ch-n

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