第78話 友の証【side:アーサー】

 泣いたのであろう、目を真っ赤にしたソフィアが執務室に戻ってきた。

 

「テオ様がお待ちです」という言葉に、アーサーは頷きテオの部屋に向かった。


 アーサーは、深呼吸をしてドアをノックする。


 【入れ】と言う言葉で室内に足を踏み入れると、テオはデスクの引き出しの中から何かをゴソゴソと取り出し、無理矢理こちらに押し付けてきた。


 いつも通り偉そうな態度で、【貴様にやる。友の証だ。光栄に思え、オルランド】と言う。 


「うん…?これは……絵か?」


【見れば分かるだろう】


「この絵、友達の証なんだよな? どうして僕だけこんな、隅っこに小さく描かれているんだ?」


 アーサーは『友の証』として押しつけられた絵をまじまじと見て、むすっと不機嫌な顔をした。



 絵画は描き込みが丁寧で美しく、本当に目の前の無骨な男が描いたのか疑いたくなるほど、美麗だった。

 


 冬祭りのツリーの下に、手を繋いで並ぶソフィアとテオ。


 そして、二人からかなり離れた場所、紙の端におまけ程度に……アーサーらしき人物が描かれている。


 ソフィアとテオは本人達と遜色ない美男美女に描かれているのに、アーサーの描写はやけに雑だ。

 

 金髪と目の色でかろうじて自分だと判別できるが、顔なんて東方の『へのへのもへじ』並みの適当さ。


 絵じゃ判別出来ないと思ったのか、ご丁寧に「これは『オルランド』」と説明書きまでついているくらいだ。



「友の証なのに、当の僕がこんなに適当なのは何故だ?」


【昨日徹夜で描いたのだが、時間がなかったのだ……あと単純に、男の顔を描くのは気乗りしなかった、許せ】


「ひどいな、君は」


【お前にしか頼めないんだ……ソフィアがこの絵を見たら、きっと泣いてしまうだろうからな】


「あぁ……そうだな」


【あの夢のような時間ひとときと光景をどうしても、この世に残しておきたい。俺がこの世にいた証として……。オルランド、この絵をお前が持っていてくれ、頼む】


 悲しい現実を受け入れ淡々と話すテオに、アーサーは込み上げる感情を抑え「分かった」とだけ言葉を返した。



 彼はさらに【これはハンナに渡してくれ】と言って、手紙と絵をこちらに手渡してきた。

 見ると、微笑んだハンナさんとご主人が仲睦まじく寄り添っている姿が描かれている。


「分かった。ハンナさんに渡しておくよ」


【頼んだぞ。そしてこれは……俺に何かあった時、ソフィアに渡してくれ】


 言葉と共に託された手紙を受け取り、アーサーは頷いた。



【……ええい、そんな湿っぽい顔をするな。お前はいつも通り、薄ら寒い笑みを浮かべているくらいが丁度良いんだ】


「薄ら寒いって、相変わらず失礼な男だな、君は」


【悲しんでいる暇はないぞ、オルランド。この会談は、責任者の俺が強引に和平合意を宣言したが……戦争の火種はまだ消えていない。帝国の強硬派は俺を片付けたあと、懲りずに争いを起こすため動くだろう。それに、リベルタ側にも何やら不穏な動きがあるだろう?】


「あぁ、こちらの国にも争いの中でしか生きられない連中がいるんだ。リベルタの問題は必ず、僕が命に代えても解決する。君の繋いでくれた和平の道は無駄にしない」


【馬鹿者め! お前まで命をかけたら、ソフィアが悲しむだろうが。お前は何としてでも生き残り、必ず俺のソフィアを守ってくれ】


「『君の』じゃないけどな。言われなくてもそうするつもりだ。ソフィア・クレーベルは、僕が何としてでも守る。彼女だけじゃない。大切な人を守りたいという君の夢も役目も、僕が引き継ぐ。だから、安心しろ」


 強い覚悟と志を込めて告げれば、テオは片方の口の端を持ち上げて【そうか】と相変わらず偉そうに笑った。

 

 そして、こちらに向かってまっすぐ拳を突き出してくる。



【頼んだぞ。――アーサー・オルランド】


  

 意志の強い眼差しを受け止め、アーサーは彼と同じく不敵に笑って拳を突き出し「任せろ」と告げた。


 

 二人の拳がぶつかる。


 もう言葉は要らない。

 

 涙も、慰めも、悲痛な表情もなく、ただ自分達は視線を交錯させ笑いあった。




 この先に進めない者から、進むべき道がある者へ。


 ――いま、未来が託された。


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