第5話 テオ襲来

 テオの突撃訪問に動揺したソフィアだったが、気を取り直すのは早かった。


 使用人に命じて応接間にテオを案内させると、すぐさま来客用のドレスに着替えて挨拶に伺う。



――何を言われるんだろう……。



 内心ドキドキしながら、表向きは冷静にお辞儀をしたあと、彼の前にそーっと座る。


 ソフィアに続いて入室した弟のルカも緊張した面持ちで隣に腰掛けた。

 


 相手は自分よりも格上の貴族。しかもほぼ初対面の相手だ。



 うかつに声を掛けたり気軽に雑談することも出来ず、クレーベル兄弟はテオが要件を切り出すのをひたすら待った。



 しかし、待てど暮らせど、何故かテオは一向に話さない。


 腕組みをして口を横一文字に閉じたまま、じっとこちらを睨むように見つめてくる。



 向けてくる視線がやけに暑苦しく、ソフィアは非常に居心地が悪かった。

 


 むっつりと押し黙るテオと、顔に引きつった笑みを浮かべ内心冷や汗をかくクレーベル兄弟。


 そして、壁際にひっそりと佇み、困惑した面持ちで様子を伺うクレーベル家の使用人たち。



 一番日当たりの良い室内は、どうしたことか、暗くじめっとした静寂に包まれていた。

 


 無言で見つめ合い、謎の我慢大会が繰り広げられたあと――。


 ようやくテオがおもむろに口を開き、言葉を放った。



「おい。なぜ何も言わぬ?」



 その場にいたテオ以外の全員が思った――『はぁ~!? それはこちらの台詞だ!』と。



――皆、あなたが喋るの待っていたのよ。もう……一体何しに来たの、この人……。



 ソフィアは呆れと困惑を顔に出さないよう努めて微笑み、控えめな声音で尋ねる。


「本日は我がクレーベル家にどのような御用向きでしょうか」

 


 テオは腕組みをして尊大にふんぞり返ったまま、威厳のある態度で答えた。



「クレーベル家ではなく、お前に用があって来た。代筆を介した状態では俺の偉大さや情熱は伝わらないからな。こうして直々に想いを伝えに来てやったのだ」


「さ、さようでございますか……お越し下さり、誠にありがとうございます……」


「構わん。それで手紙の件だが、なぜお前はなかなか交際を承諾をしないのだ? 手紙にも書いた通り、いくら寛大な俺でもそろそろ我慢の限界だ。そんなに恋の駆け引きがしたいのなら、今ここで存分に済ませよう。そして、一刻も早く俺のものになれ」


 『さぁ、遠慮せず駆け引きを済ませろ。ほらほら、来い!』と言わんばかりに目を爛々らんらんと輝かせるテオの様子に、ソフィアはどうして良いのか分からず、助けを求めて隣に視線を送った。



 頼みの綱は弟、ルカのみ。



 しかし、唯一のり所である彼は、かろうじて微笑みを取り繕っているが、内心かなり不機嫌な様子だ。


 口の端がヒクヒクと小刻みに痙攣けいれんしている。



 家族以外の前では絶対にポーカーフェイスを崩さない猫かぶりな弟だが、本来の性格は小生意気な毒舌家。


 恐らく今も心の中では『なーに言ってやがる、この筆まめ野郎。即刻、家に帰りやがれ!』と思っているに違いない。



 一刻も早くテオを帰らせなければ。


 姉想いのルカがキレて毒舌を放ってしまうかもしれない。

 

 

 頼るどころか、弟の堪忍袋の緒が切れるまでの時間勝負。



 焦ったソフィアは、出来る限り最善の言葉を選んでテオに告げた。


「お手紙でもお伝えしました通り、私は、テオ様のような高貴な殿方に相応しい者ではございません。帝国貴族の中には、もっと素敵な女性がおりますわ。ですから――」


「だから、俺はお前で構わんと何度も言っている。何だ、この駆け引きは? もっと甘い言葉を囁いて欲しいという意味なのか? 俺は帝国男児だ。女に対してへりくだるような軟弱な言葉は使わんぞ」


「いいえ……私はそういうことを申し上げているのではなく……」


 全く話がかみ合わない状況に心の中で深くため息をつき、不毛な押し問答を繰り返すこと数分。



 だんだんとテオの様子が変わってきた。


 言葉には熱がこもり、微動だにせずふんぞり返っていた体勢から一転、勢いよく立ち上がる。



「ええい!まどろっこしい!!」



 彼は疾風のような素早さでソフィアの近くに来ると、手首を掴み、ギラギラとした肉食獣のような獰猛どうもうな目でこちらを見つめる。


「言葉で分からいなら行動で示すまでだ。お前は俺の物だ。他の誰にも渡さないし、絶対に逃がさない。だから諦めて俺の手を取れ」


 テオの手に一層力がこもり、ソフィアは恐怖で動けなくなる。


 女性が抵抗しても敵わない圧倒的な力。


 手首から伝わる彼の冷たい指先の感覚。


 何らかの感情を含んだ強い言葉。意味も分からず一方的に押しつけられる激情。


 全てが、ソフィアには訳が分からず、恐ろしくてたまらなかった。

 


 喉の奥から引きつった悲鳴を上げると、近くに居た使用人が「おやめ下さい!」と止めに入る。


 しかし、すっかり頭に血が上ったテオに「うるさい!高貴な俺に触れるな!」と怒鳴られ、みな動けなくなる。



 掴む力が強くなりソフィアが顔を歪めた直後、横から伸びてきた手が、瞬きの間にテオの手首をひねり上げた。


「貴様……何をする――ッ」


 テオが低いうなり声を上げ、鋭い眼光で目の前の人物を睨み付けた――。




 次話『烙印』



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