第二章〜㉔〜

「なにか、オレに用があったのか? 伝えたいことがあるのかと思って、来てみたんだが……」


 談笑も可能な交流フロアに移動しつつ、彼女に、問い掛けると、


「うん! 色々と調べてる間に、こんなモノを見つけたんだ!!」


と、スマホの画面を見せてきた。

 ディスプレイの中には、『ネコリナ(猫のオカリナ)』と書かれた、香箱座りをしているネコの形をした陶器製のオブジェが映されている。


「ね、カワイイでしょ!?」


 まるで、このオブジェを評する言葉は、この世の中に、それ以外は存在しない、と断言するような口調で賛同を求められる。


「あぁ、そうだな……」


 彼女の口調に気圧されながら同意しつつも、


(コカリナの研究と、何の関係があるんだ!?)


訝しく思っていると、小嶋夏海は唐突に、


「明日は、私の誕生日なんだよね……」


と、つぶやいた。


「そ、そうか……それは、おめでとう」


 突然の告白に、コミュニケーション不全に陥りながら、何とか祝福の言葉を口にするも、目の前の同級生は、「聞きたいのは、その言葉ではない」と、言った感じで、


「あ〜、ネコリナかぁ〜。カワイイなぁ〜。明日、『この子』がウチに来てくれたら、幸せな誕生日になるだろうな〜」


 スマホの画面とオレの顔を交互に見ながら、一人言(では断じてないが……)をつぶやく。

 これは、どう見ても、「自分へのご褒美として買ってみたら、どうだ?」などと言う返答を期待しているのではないだろう。


「そ、そうか……で、いくらくらいするんだ?」


 念のために聞いてみると、彼女は、画面をネット販売サイトのページに遷移させて、さらにアピールを続ける。


(3,500円也か……出せない金額ではないが…………)


「どこで売ってるんだ? 通販サイトなら、今からコンビニで入金しても、明日には配達されない可能性が高いだろう?」


 別の側面の問い掛けを行うと、彼女は、「これぞドヤ顔!」と言った表情を浮かべ、『ネコリナ 販売』と検索したワードで地図アプリを開き、ネコリナとやらが販売されている店舗を地図上に示した。

 地図に記されたのは、動物をモチーフにした小物を販売しているオシャレな雑貨屋だった。

 場所も、電車で二十分ほどの距離にあり、さほど遠くはない。


(ただ、女子と一緒でなければ、一生、縁のなさそうなショップだな)


と、苦笑しつつ、思考を軌道修正して、質問を重ねる。


「ちなみに聞くが、小嶋の明日の予定は?」


「さっき言った、『コカリナの音響特性』について書かれた論文が掲載されている刊行物の置かれている大学に訪問しようと思っているけど……その後は、特に予定はない!」


 彼女は、力強く断言し、「ねぇ、坂井の予定は!?」と、こちらにも明日の都合を聞いてきた。


「オレも、特に予定はないし……じゃあ、大学の図書館に行ったあと、『ネコリナ』が置いてあるショップに寄ってみるか?」


 そう言うと、学術的探求心に溢れる実験のパートナーは、「うん!」と、大きくうなずいた。

 神社から図書館に移動したあとは、まるで役にたっていない自分が言えた義理ではないが、それにしても――――――。

 彼女は、熱心に調べものをしてくれているのだろうと、この方面ではチカラに成れていないことに申し訳なさを感じていたが、その信頼を置いているパートナーが、こんな明後日の方向に情熱を傾けていたとは……。


(とにかく、小嶋夏海のネコにかける情熱は、軽く扱わない方が良さそうだ)


と、心の中のメモアプリ(タイトル:小嶋夏海の取扱説明書)に刻み込む。

 ともあれ、普段は他人を寄せ付けない印象のある彼女の、「呆れるのを通り越して、微笑ましい一面」を見ることができたという事実に、なぜだか気分が高揚した。

 罪滅ぼし、という訳ではないが、『時のコカリナ』の能力を使ってマスクを外した件や、そのコカリナの研究について、図書館などを利用する調査では全く役に立てそうに自分なりの反省と感謝の印と考えれば、バースデー・プレゼントとしての数千円の出費は、大したモノではないようにも思えた(夏休み中の外食に掛けれれる費用が、やや心許なくなることも事実だが……)。

 そんなことを考えると、特に大きな動きがあった訳でもない、今日の平穏な出来事も楽しく感じられ、自然に笑みがこぼれた。

 そんな様子を不思議に思ったのか、彼女に


「なに? 急に、ニヤニヤしだして……?」


と、問いただされる。


「いや、小嶋と居ると、なんか楽しいな、と思ってさ……」


 そう答えると、


「――――――なに、言ってんの? 気味悪い……」


いつもの口調に戻った小嶋夏海に切り捨てられた。

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