第二章〜㉒〜

 情報交流ルームのPC端末で『ファウスト』のあらすじや解説などが掲載されているページを閲覧していると、斜め後ろの方から、抑えたトーンの声で、


「どう、何か面白いことはわかった?」


と、声がした。

 急に、声を掛けられたので、思わず、ビクッと身体が反応し、声のした方を振り返ると、小嶋夏海が立っていた。


「なに? そんなに驚くことないじゃない?」


 怪訝な表情で話す彼女に、


「いきなり、後ろから声を掛けられたら、驚くわ!」


ツッコミを入れつつ、


「コカリナの研究に役立つようなことじゃなくて申し訳ないが……個人的には、小嶋が出してくれた課題については、興味が出てきたところだ! あと、観察結果については、メモアプリにまとめておいたから、あとで確認しておいてくれ」


と、こちらの午前中の成果について説明する。

 さらに、


「小嶋の方は、どうっだったんだ? 何か、わかったことはあるのか?」


と、たずねると、彼女は、首を横に振り、自身の午前中の成果報告をしてくれる。


「大した成果はなかったかな〜。コカリナの楽器として起源を調べようと思って、元になったオカリナのルーツを調べてみたんだけど、この図書館には参考になるような資料はなかったし……」


「そうか……これから、どうする?」


 今後の方針を確認すると、研究熱心なパートナーにも気分転換が必要なのか、こんな答えが返ってきた。


「頭を切り替えて、別の視点からの調査をしてみようかと考えて、ネット検索をしようと思ったんだけど……十二時も近いし、そろそろ、お昼の時間にしない?」


 確かに、空腹を告げる腹の虫が鳴き出すころだと感じていた自分にとっても、魅力的な申し出だったので、二つ返事で了承する。

 オレたちは、昼食をとるために、学習室に置いた荷物を回収して、座席票を返却し、自転車で五分ほどの場所にある大型ショッピングモールのフードコートに向かった。



 夏休み初日のフードコートは、親子連れ客も多く、ちょうど昼時ということもあって、平日としては混み合っている印象だった。

 感染症対策としてパーテーションで仕切られてはいるものの、座席数は平常時と変わらないままなので、なるべく人混みの少ない場所を確保し、オレは、ハンバーガー・ショップのバリューセットを、小嶋夏海は、うどんチェーン店の冷やしうどんセットを、それぞれ注文したのだが……。

 フードコートの密集状況とパーテーションによる会話のしづらさに、お互い目を見合わせ、注文したメニューを食べ終わると、そそくさと、その場を後にすることにした。

 フードコートから、ショッピングモールのフロアに出ると、すぐに休憩用のソファーに空きが見つかった。

 密集を避けるためだろう、隣り合う席は着席禁止の張り紙が貼ってあったため、彼女に着席をうながし、こちらは立ったままで、図書館から持ってきた荷物の『時のコカリナ』を手にしつつ、午後の予定について聞いてみた。


「小嶋は、午後からどうするんだ?」


「さっきも言ったけど、情報収集をネット検索に切り替えてみようかな?専門的な調査は、情報のをつけてからになりそう。せめて、『この子』が、どこで作られたものなのか、わかれば良いんだけど……」


コカリナを指さしながら、彼女は答える。


「そう言えば、この前、父親にこのコカリナについて、『何か知ってることはないか』って聞いた時に、『祖父さんがハンガリーから持って帰って来たモノじゃないか?』って言ってたな。参考になるかわからんが……。」


 こちらが、先日、父親に聞いたばかりの話しをすると、


「そうなんだ!? じゃあ、ハンガリーの民族音楽と楽器について調べてみようかな?ハンガリーを象徴する曲と言えば、フランツ・リストと『Hungarian Rhapsodies』か……」


と、一人言のようにつぶやく彼女の言葉の中に、数年前に大ヒットした映画と似たようなタイトルが聞こえたので、条件反射的にたずねる。


「ハンガリアン・ラプソディ? 『ボヘミアン・ラプソディ』の仲間なのか?」


 すると、元吹奏楽部の彼女は、「ナニを言ってるの?」と、一瞬、笑ったあと、何かを考えるように、


「でも、当たらずとも遠からずかも……ボヘミアンは、そもそもロマのことを指すし、『ハンガリー狂詩曲』もロマの民族音楽の影響があるものね……」


ブツブツと、また一人でつぶやいている。そして、「ヨシッ」と、うなずくと、午後の調査方針を決定したようだ。

 そして、


「坂井は、午後からどうするの?」


と、こちらの予定を聞いてきたので、


「そうだな……小嶋に教えてもらった『ファウスト』の話しが面白そうだったので、もうちょっと調べてみようと思ってる。コカリナのこととは、何も関係なさそうで申し訳ないが……何か、参考になりそうな本を知ってたら教えてくれないか?」


自分の考えを話して、情報提供を乞う。


「『ファウスト』に興味を持ったの? それなら、手塚治虫のコミックから読んでみたら? 『ファウスト』に、『百物語』に、『ネオ・ファウスト』……全部、図書館に蔵書があるハズだから。あとは、あらすじや設定が頭に入っているなら、『史上最高に面白いファウスト』っていう解説本があるから、その本をオススメしておく」


「お、おう! ありがとう、読んでみる……しかし、図書館の本にエラく詳しいんだな……」


 あまりにもスラスラと語られる答えに感心して、そう返答すると、


「うん……まぁ、図書館には良く通ってるからね……」


と、曖昧な返事が返ってきた。


(何か、言い淀む理由があるのか……?)


 疑問に思ったが、そのことは口に出さずに、話題を変えることにした。


「そうだ! 『4分33秒』についても調べてみたけど、イヤホンなんて必要なかったじゃねぇか!?」


 苦笑しながら言うと、


「それは、コンサートホールの微妙な音も聞き逃さないようにってことで」


彼女は、笑顔で、そう返す。

 そして、


「そう言えば、リストの曲には『メフィスト・ワルツ』や『ファウスト交響曲』もあるし、クラシックの曲にも興味が湧いたなら、一度、聞いたみたら?」


と、アドバイスをくれた。

 こうして、それぞれ、午後の調査対象が決まったことで、オレたちは、再び図書館に戻ることにした。

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