第二章〜⑭〜

「あんなことをしてしまったから、オレを疑いたくなる気持ちは理解できるが……今日のことは、本当に他意はないから、そこは誤解しないでくれ……頼む…………!」


 頭を下げ、自らの潔白を訴えると、


「そこまで必死に言うなら…………まぁ、いくら坂井でも、さすがに小学生男子みたいなことはしないか……」


と、何とか納得してくれたようである。


「あ、あぁ、いくらオレでも、そんな小学生みたいな真似はしないゾ!」


 オウム返しのように言葉を発すると、険しい表情を少し緩めた彼女は、


「今回は、違ったみたいだけど……『自称・紳士の変態』の言動には、今後も注意を払わないとね……ハァ……」


わざとらしく、ため息をつきながら、つぶやいた。

 ジェントルマン精神あふれる相手に対し、礼を失した発言ではあるが、今回は看過しておくことにする。

 そもそも、女子のリコーダーを舐めるなんて、小学校の思い出を拡大解釈した都市伝説の類だろう?

 少なくとも、オレ自身は、実際に、その行為を実行した人間というものを見聞きしたことはない。


 ただ、それにしても――――――。


(一瞬、頭をよぎったことが、伝わらなくて良かった…………)


 ホッと、胸をなでおろすと、今度はこんな質問が投げ掛けられた。


「あと、確認しておくけど……この前、時間を止めて私のマスクを外したとき、マスクにヘンなことしなかったでようね?」


「変なこと、って具体的に、どんなことだよ!?」


 質問を投げ返すと、彼女は少し顔を赤らめながら、


「た、例えば、マスクの唇と接着している面に——————って言わせんな、恥ずかしい!!」


理不尽なキレ方をしてきた。


(その発想はなかったわ……)


 想定外だった彼女の発言に言葉を失ったまま、一人でテンパっているクラスメートを見つめていると、


「ちょっと! 何か言いなさいよ! ヘンなことはしてないのね!?」


と、さらに声のトーンをあげて聞いてきたので、二度大きく首を縦に振る。


「そう、それならイイけど……」


 彼女の一言に、


「だいたい、そんな時間的余裕はなかったゾ!」


 反論すると、


「じゃあ、もっと停止時間が長かったら、マスクに何かしてたって言うの!?」


と、冷ややかな視線で詰問してくるので、今度は、二度大きく首を横に振った。

 こちらの返答に、彼女も一定の理解を示したのか、


「そう……じゃ、とりあえず、『この子』は返しておく。言っておくけど、契約書に則って、今後も悪用は厳禁だからね!」


 そう言って、こちらに木製細工を手渡す。

『時のコカリナ』は、再び自分の手元に戻ってきたことに安堵するが……。

 しかし、同時に、本来の楽器としての役割を立派に果たしたあと、理不尽にも水洗いとハンドソープの泡という、およそ木管楽器に相応しいとは思えない洗礼を受けるハメになった、この小さな存在に、同情を禁じ得なかった。


(自宅に帰ったら、直射日光を遮ったクーラーの効いた部屋で、ゆっくり休ませてやろう)


と、祖父さんの形見に愛着を持ち始め、丁重な取り扱いを心掛けることに決めたオレに対して、小嶋夏海が、声を掛けてくる。


「夏休みの実験については、またメッセージを送るから。あと、悪いけど、それは、テニス部に返しておいてくれない?」


 そう言って、テニスボールの返却をオレに押し付けた彼女は、帰り支度を済ませて帰って行った。

 こうして、オレは、マイペースなクラスメートと祖父さんから譲り受けた不思議なアイテムとともに、夏休みを迎えることになった——————。

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