第一章〜⑲〜

「——————と、いうわけなのだが…………」


(小嶋、スマン)


と、心のなかで侘びつつ、金曜の放課後の自身の行動を小嶋夏海に語り、テーブルに置かれたアクリル板ごしに、彼女の表情をうかがう。

 こちらの『罪の告白』を黙って聞いていた彼女は、その核心部分のくだりで、一瞬、顔を赤らめたあと、蔑むような冷たい目で、オレを見つめている。

 覚悟していたとは言え、無防備な彼女に対して自分のしてしまった行為と、彼女に不快な想いをさせてしまったこと、そして、それ故に、彼女から嘲りの対象として見られてしまうであろうことに、心苦しさを感じる。


「小嶋、スマン。申し訳ない……」


 今度は、謝意の言葉をあらためて声に出し、無言でこちらを見つめている小嶋夏海に対して、学食のテーブルに手をつき、平身低頭、深々と頭を垂れる。

 頭を下げ続けるオレに対し、彼女は、


「最低なオトコね」


一言つぶやいたあと、


「ねぇ、坂井……自分がナニをしたか理解してる? 女性の素顔を無理やり見ようとするなんて、国や宗教が違えば、重大な犯罪になる行為なんだよ?」


と、問いただす。

 自分の行為には、弁解の余地もない——————と、観念して、彼女の瞳を見つめたまま、自分の想いを語る。


「そうだな。自分のしたことは許されないことだと思う。償いになるかはわからないが、オレにできることなら、何でもさせてもらおうと思うから、遠慮なく言ってくれ」


 そうして、真摯に自身の考えを伝え、小嶋夏海の顔色をうかがうと、さっきまでの冷ややかな顔つきが、まるで、罠に掛かった獲物を見つけたハンターのように、得意気で満足そうな微笑になり、さらに、


「坂井、いま、言ったことを確認させてもらってイイ?『』そう言ったよね?」


こちらに問いかけた後の表情は、こみ上げてくる笑いを押し殺そうとするものに変わろうとしている。


「あぁ、そう言ったつもりだが……」


答えるオレに、彼女は、勝ち誇った表情で、言い放った。


「なら、こっちからも、条件を提示させてもらおうかな?」


「条件?」


疑問符付きの言葉を返すと、


「そう! さっき言った、この謎のアイテムを坂井に返す条件。このアイテムの能力は、私と一緒にいるときに使うこと。さっきのは、お願いだったけど、今度は、こっちからの提案。クラスメートの女子に対して、あんなことをするような人間に、黙ってこのアイテムの能力を使われるなんて、危険極まりないもの」


と、小嶋夏海は断言する。


「そ、その条件をオレが守らなかった場合、どうなるんだ?」


 恐る恐るたずねると、


「金曜日の放課後の教室で、坂井が、私にしたことを担任と生徒指導の担当教師に告発する。もちろん、このアイテムの能力の話しは、伏せたままでね。『私が教室で寝落ちしている間に、。しかも、その生徒は、月曜日の朝にも、』そんな報告が入れば、夏休み前の職員室は、さぞかし楽しいことになりそうじゃない?」


嬉々とした表情で語る、悪魔のような女が、そこにはいた。


「ちょ、ちょっと待て! 金曜のことはともかく、今朝の出来事は、小嶋の仕業じゃないか!? 今朝に限って言えば、オレは、あやうく露出狂にされかけた被害者だぞ!」


 抗議の声をあげるオレに、


「なら、職員室か生徒指導室で、そう説明すればイイんじゃない? 学業が振るわない生徒の『すべて、時間を止めることができる、このアイテムが原因なんです!』なんて説明を真に受けてくれるモノわかりの良いセンセイがいてくれたら、の話しだけど」


小嶋夏海は、そう言って、ニヤリと口もとを緩めた。


(ハ、ハメられた…………)


 まさか、相手側の悪事(?)まで、都合よく取引の材料にされるとは思ってもみなかった。

 木製細工の機能を他人に知られないようにする——————。

 この制約がある以上、現状で、こちら側に交渉を有利に進めるための手札は残っていない。

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