第一章〜⑰〜
「その木製細工の裏側にあるスイッチを切り替えて使うと、自分の周りの時間が一定の間、停止するってことぐらいだな。オレが試した中では、停止している時間の最短時間は、六十秒程度。先週は、もっと長い時間、停止していたこともあったんだが、その時は、正確な時間を計測できていなかった」
そう返答すると、彼女は驚いて、
「えっ、六十秒も停止できるの!? 私が使うときは、いつも三十秒くらいしか時間が止まらないのに!?」
と、問い返してきた。
自分の認識と小嶋夏海が把握している事実には、どうも、話しが噛み合わない部分がある。
「三十秒ってことはないと思うぞ。自分の家でストップウォッチを使って時間を計ったときは、ほぼ六十秒間、時間が停止していたから……それに、金曜の放課後の時だって——————」
そこまで言って、先週末の放課後、自分が小嶋夏海に対して取った行動について、思い出し、後ろめたさから、「あっ、いや……」と、言葉を継げず、口をつぐむ。
こちらの内心の焦りに気付いたのか、彼女は、これぞ『ジト目』という目付きで、「ふ~ん」と、オレを咎める様な視線で薄くにらんだあと、
「あの時も、一分近く時間が止まってたんだ……まぁ、その話しは、あとでジックリと、聞かせてもらうとして——————」
一息ついて、今度は意味深な視線を送りながら、
「どうすれば、停止時間を長くできるんだろ? 坂井は、どうやって、コレを使ってるの?」
と、たずねてきた。
彼女の問いに、何を今さら……と、言った感じでオレは答える。
「そりゃ、その笛の吹き口っぽい穴から息を吹き入れるんだよ。その前に、裏側の切り替えスイッチみたいなので、設定をONにしておかないといけないみたいだけど……」
しかし、小嶋夏海は、こちらの言葉が終わらないうちに、
「えっ、そうなの!? コレって、そんな風に使うんだ! 私は、てっきり、木製のオカリナみたいな見た目は、ただのフェイクかと思ってた!」
またも驚嘆した、という表情で自身の感想を述べた。
確かに、金曜日の放課後と今朝の生徒昇降口で、小嶋夏海が、木製細工の特殊機能を使ったと思われる寸前のオレの記憶では、彼女は、それを口元に持って行ったりはしていなかった。
(アレには、他にも使い方があるのか?)
そんな疑問が湧き上がってきたのと同時に、こちらの表情を読んだのか、今度は彼女の方から、
「私ばかり質問するのもフェアじゃないし……坂井も気になってることがあるなら、私に聞きなよ」
と、提案してきた。
その言葉に甘えて、疑問に感じたことをたずねる。
「小嶋は、どうやってソレを使ってたんだ? いや、実演しなくてイイ! また、時間が止まると厄介なことになるかも知れんから」
後半のオレの言葉に、少し残念そうな表情を浮かべつつ、小嶋夏海は
「私は、このスイッチの部分を動かして使ってた。この使い方だと、停止している時間は三十秒くらいね」
と、返答する。
「そんな使い方もあったのか……」
独り言のようにつぶやくと、目の前のクラスメートは、意外そうな表情で、こちらを見ていた。
しかし、オレには、その小嶋夏海の視線以上に、疑問に感じることがある。
朝の一件を思い返してみるに、、離れた位置から近づいて、ベルトをはずし、制服のズボンをずらして、さらに、オレから見えない位置まで移動するのに、三十秒程度の時間では、あまりにも短すぎないか——————?
その疑問を、彼女にストレートにぶつけてみる。
「なぁ、朝の靴箱での一件は、どうやったんだ? 三十秒くらいの時間じゃ、あんなこと出来ないだろ?」
オレの問いかけに、小嶋夏海は、先ほどと表情を替えないまま、聞き返してきた。
「三十秒経過する前に、もう一回、スイッチを切り替えたら、時間停止は延長するんだけど……坂井は、知らなかったの?」
「あぁ、オレが、その木製細工の《機能》を使ったのは、まだ、三〜四回くらいだからな……」
「そうなんだ! そんなに実験の回数が少なかったら、十分にデータ検証もできないね」
こちらの返答に、彼女は、納得したように答える。
「あぁ……」と、短く応じたあと、オレの中で、また疑問が芽生えた。
(オレが実行した時間停止機能の試行回数を少ない、と言い切るってことは……小嶋夏海は、もっと多くの回数の時間停止を行ってたってことか!?)
そんな自分の想像に、あせりつつ、慎重に彼女に問い返す。
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