第一章〜⑩〜

 教室の窓から、強い風が吹き込み、薄いカーテンを巻き上げ、さらに、小嶋夏海の長い髪を揺らす。

 制汗剤の香りを鼻に感じたと同時に、目の前の女子は驚いた様子で目を見開いた。


「ハッ!? 坂井? エッ!? 急に目の前に? なんで?」


 パニックになる彼女を前にして、こちらもより一層、平常心を失う。


(ヤバい! ヤバい! ヤバい!)


 焦りながらも、何とか木製細工を握りなおして、あわてて吹き口に唇をあて、息を吹きかけようとした瞬間、


「ちょっと、なにシカトしてんの!? それに、ナニ!? この怪しいモノは!?」


小嶋夏海は、そう言って、オレの口もとにある木製細工を奪いとろうとして、笛の先端部分である管尻に触れた。


キン!!


という音が、耳の奥で鳴っている。


==========Time Out==========


 木製細工から、さっきと同じ音色が鳴り響き、風にあおられたカーテンは、膨らんだ形のまま静止する。窓の外を見れば、校庭で部活動を始めようとしている生徒たちの動きも止まったままだ。


しかし——————。


「えっ!? なに!? どうしてカーテンが止まったままなの? なにコレ!? どういうこと!?」


 さっきとまるで違うのは、目の前のクラスメート小嶋夏海が、オレと同じく、停止した時間の中で、活動しているということだ。


「えっ!? なんで!? なんで、小嶋は動けてんだ?」


「ハァ!? 坂井、なに言ってんの? いま、なにしたの? それに、これは何なの!?」


 一気にまくしたてた彼女は、素早い動作でオレの首に掛かっているストラップごと木製細工を奪い取った。


「あっ! ちょっと! 返してくれよ!!」


「アナタの持ってるコレは、何なのかって聞いてるの!? 答えられないモノなの!?」


「いや、それは……」


 怒気を含んだような彼女の様子を見て、言葉に詰まったオレをチラリと一瞥して、木製細工を手にした小嶋夏海は、そのフォルムを確認するように眺めながら、


カチリ——————。


 裏側の切り替えスイッチのツマミの位置を移動させた。


=========Time Out End=========


 スイッチの切り替え音が響いたと同時に、膨らんだカーテンは窓ガラスの方に吸い寄せられ、校庭からは、部活のランニングの掛け声が聞こえてくる。


「なに? また、声が聞こえてきた。今のは、いったい何のマジック?」


「その……ちゃんと説明するから、返してくれないか」


 オレの言葉が耳に届いていないのか、こちらに構わず手のひらに持った木製細工を観察する小嶋から、祖父さんに託されたそれを取り戻そうと手を伸ばした瞬間、彼女は、先ほどと同じように、


カチ

カチ

カチ


と、切り替えスイッチを三度動かしたように見えた。

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